72ストライク 最初の出会い


 矢だらけのブラッディウルフの亡骸を見つめたまま、ミアは言葉を失っていた。


 さっきまで自分の命に食らいつこうとしていた魔物が、一瞬でハリネズミと化して目の前で横たわっている。そんな亡骸と薄暗くて静かな森の中で二人っきり……まるで、生と死の狭間に取り残された様な感覚に、体の奥から震えが襲う。



(怖い……怖い怖い怖い……)

 


 涙が自然と溢れ出て、無意識に自分の体を抱きしめる。助かった安堵感よりも、今のミアは目の前の"死"に改めて恐怖を感じていた。

 彼女は今まで、自分の手で生き物を殺めた事すらない。

 もちろん、食事をしないと自分が生きられないから、食卓に並んだものの命は頂いてきた。だが、何をしても周りよりも劣っていたミアが狩りなどに連れて行かれた事はなく、"死"を直接感じる場面は今までなかった。


 自分が世間知らずである事を知らしめられた……

 こんな自分が外の世界で生きていけるはずがない……


 ミアがそうやって自分を卑下し始めた頃、突然どこからともなく声をかけられた。



「よかった。間に合って……」



 驚いて周りを見回すが声の主の姿はなく、狐に包まれた様な感覚に陥る。だが、そんなミアを小さく笑う声が聞こえて、真上から一人の少女が降り立った。



「ひぎにゃっ……!?」


「あ……ごめんごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど……」



 突然、目の前に降りてきた人影に驚くミアを見て、頭をかいて謝る少女。金髪の綺麗なロングヘヤーを後ろで一つに束ねており、背中に掛けた弓と矢筒は長年使い込まれている物だと一目でわかる。そして、その優しくも強さを感じさせる瞳に、ミアは目を奪われてしまった。



「お〜い、君大丈夫?」


「……えっ!?あ……あ……だ……大丈夫にゃっ!!」



 顔を覗き込まれて我に返り、恥ずかしさから顔を逸らしてしまったミアに、少女はニッコリと純粋な笑みを向けた後、横たわる魔物に視線を向ける。



「ブラッディウルフに目をつけられるなんて災難だったね。こいつら、本当に見境ないからさ。でも、無事でよかったよ。」


「あ……ありがとうだにゃ。助けてくれて……」


「いいよいいよ!でもさ、なんでこんな危ない森に一人でいたの?今は魔物たちの活動が活発化する時期だから、知ってる人なら絶対に近付かないんだけど……」


「あ〜っと……そ……それはだにゃ……」



 少女の質問に対し、ミアは回答に困ってしまった。

 ベスボル選手になる為に、アネモスにあるベスボル協会を目指しているなんて言ったら、絶対にバカにされると感じたからだ。こんな強い魔物を簡単に倒してしまう彼女からすれば、自分の無知で危険な森に迷い込み、無様にも逃げ回った挙句に殺されそうになった弱い獣人族が何を言っているのか……おそらく、そう思われるだろう。

 だが、言いにくそうにしているミアを見て、少女はなぜか申し訳なさそうな顔をする。



「ごめん……言いにくい事だったかな。」


「いや……そういう訳ではにゃくて……」


「いいのいいの!言いにくい事を詮索するつもりはないからさ!ところでさ、君は獣人族……だよね?」



 少女はすぐに切り替えて、今度は目を輝かせる様に尋ねてきた。別に隠すつもりもないし、見た目でバレバレなのでミアがこくりと首を縦に振ると、少女は飛び跳ねて喜び出した。



「やっぱりやっぱり!?この耳とか、この尻尾とか本物なんだよね?!」


「も……もちろんだにゃ……」



 一瞬、身の危険を感じるほど少女が興奮して前のめりになったので、ミアはたじろいでしまった。その様子にハッとした少女は、恥ずかしそうに頬を赤らめて舌を出す。



「ごめんごめん……本物の獣人族に会うのは初めてだったからちょっと興奮しちゃった。」


「い……いいにゃ……確かにクレス帝国領にはあまり獣人族はいないにゃ。帝都になら獣人族が何人かいるけど……」


「そうそう!そうなんだよ!いつもベスボルの試合を観てて会いたいなぁと思ってたんだけど、帝都に行っても、プロの人たちって基本的に専門地区に住んでるから会えないから、サインももらえないし……」



ーーーこの少女はベスボルが好き。


 ミアはそれを直感的に感じた。そして、そう思うと自然に言葉が出てくる。



「あの人たちは別格だからにゃ。ベスボル選手は貴族とスポンサー契約してて、専用地区に家を用意してもらえるにゃ。身の回りの事も全てやってくれる執事やメイドもつけてもらえるし、選手は試合で活躍する為にトレーニングに専念するのみ……」



 少女もミアの言葉に賛同し、うっとりとした表情で頷いている。共通の好みを持つもの同士、打ち解けるのは簡単で、二人は少しばかりベスボルについて語り合った。



「はぁ〜楽しかったぁ。君は本当にベスボルが好きなんだね!」


「そうにゃ!そういうそっちも!!」



 二人は昔から友達だったかの様に笑い合う。



「……さてと、そろそろ俺は帰らないとな。そういえば、君はこの後どうするの?」



 立ち上がりながらそう尋ねてきた少女。

 共通の話題で打ち解けた事もあってか、ミアは彼女に本当の事を打ち明けようと決心する。



「実はわたし……道に迷ってしまったんだにゃ。恥ずかしくて言えなかったけど……」


「なんだ!それならそう言ってくれればよかったのに!どこに行くつもりなの?」


「ア……アネモス……」



 とは言え、ベスボル協会の事は伏せる事にした。少女はベスボルが好き……なら、鈍臭い自分がベスボル選手を目指しているなんて、なおさら言いにくかったから。

 だが、こちらの心情なんて露知らず、少女は何かを考える様に顎に手を置いた。



「アネモスか。それなら都合がいいかも……うん!君さえよければ、俺がアネモスまで送ってあげるよ。」


「本当かにゃ!?」


「うん!でも、一度サウスの街に戻ってもいい?家に帰って準備したいんだ。」


「も……もちろんだにゃ。案内してもらう身だし、文句なんてないにゃ。」



 自分の言葉にニコリと笑う少女が手を差し伸べてくる。その手を取って立ち上がったミアに、少女はこう告げた。



「俺はソフィア!ソフィア=イクシード!よろしくね!」

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