20ストライク 諦めないで…

 

「ソ…ソフィア…お前、その瞳は…!?」



 俺の瞳を見て、スーザンが驚きの表情を浮かべる。

 同時に、凶悪な嵐が吹き荒れるかのように、俺から放たれた魔力の波動が部屋中で暴れ始めた。

 棚は大きく揺れて、その中の食器たちが悲鳴を上げ、窓には幾重にもヒビが走る。

 部屋にある物全てが俺の魔力の影響を受け、大きく震えているその様子は、まさに俺の怒りを代弁してくれているかのようだ。

 その様子に焦りを隠せないスーザンが、俺を諭すように大きく声をかける。

 


「と…とりあえず落ち着くんだ、ソフィア!心を落ち着かせろ!そのままだとお前の体が…」



 体がなんだよ…壊れるのか?別にいいさ…壊れたって。だって、もう叶えたい夢はないんだからな。



「いいんだ…もう…この世界で生きる意味は…」



 心が黒い闇に蝕まれていく中で、俺は怒りと絶望に身を委ね始めていた。

 そんな俺の心を表すかのように魔力の波動が勢いを増す中、目の前ではジルベルトが見えない壁を必死にこじ開けようとしている。だが、スキルを使って破壊しようと何度試みても、その壁には全く歯が立たなかった。



「姉さん!いったい、ソフィアに何が起きてるんだ!」


「私にも詳しくはわからん!だが、ソフィアの魔力が暴走している事は間違いない!」


「魔力の…暴走…?と…止める方法は!?」


「わかればすぐにしている!こんな事は私も初めてだよ!」



 ジルベルトの言葉に、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、スーザンが俺に視線を向ける。だが、当の俺は別にこれを止めてほしいとは思っていない。それほどまでに、全てがどうでも良くなっていた。

 体の中から湧き上がる熱…おそらくはこれが魔力なんだろう。ジルベルトから教えてもらった温かさとは、比べ物にならないほど熱い。そのせいでか、全身は灼けるほどに熱を帯びているし、体の中の熱もまた、徐々に膨れ上がっていくのがわかる。

 スーザンが心配していたことが、今なら理解できた。

 これに飲み込まれれば、確実に死ねる…

 そう考えると気が楽になった。また会えるなら、ソフィアに会って謝ろう。約束を守れなくてごめん…と。


 そして、アストラを見つけ出して、必ずぶん殴ってやろう……

 


「ソフィア!瞳に魔力を集めるのはやめろ!目が…壊れるぞ!」



 俺を心配したスーザンがそう叫んでいる。

 どうやらアストラに対する怒りで、両目に魔力を集中させていたらしい。それに気づくと同時に、ツゥっと生温かい感触が頬を伝った。

 だが、今の俺にはどうでもいい事だ。目が見えなくなったって、別にどうって事ない。もう目指すものなどないんだから。

 意識が闇に飲み込まれていく。

 視界が紫色に染まっていく。


 悲しみ…憎しみ…後悔…渇望…………


 そして、絶望………………



「ソフィア、いい加減に…やめるんだ!本当に死んでしまうぞ!!」


「……死ぬ?別に、もう…死んでもいいよ…」



 無気力に答えた俺の言葉にジルベルトもスーザンも驚くが、二人にはすでになす術はないようだ。自分達の無力さを恨むように歯を食いしばる二人の様子からも、それがわかった。

 そんな二人を見て申し訳ないと思う反面、俺は自分の人生を呪っていた。

 本当になんて残念な人生だ。自分の夢も満足に叶えられず、転生したこの世界では才能さえなく、ソフィアとの約束も守れないだから。自分には生きる資格も意味もなかったんだ。やっぱりあの時、消えてしまえばよかった…

 そう考えれば考えるほど、俺の心は深い闇の中へと落ちていった…





 だが、自暴自棄になりかけたその時、頭の中にある声が響いた。それは優しくて思いやりのある…聞き覚えのある声…



『お兄ちゃん…諦めないで…』


「ソ…フィア…?」



 その声はまさしく、この体の本来の持ち主であるソフィアだった。

 なぜ、このタイミングで彼女の声が聞こえてきたのかはわからないが、俺にとって救いとなる出来事だった。

 彼女は俺の呼びかけに応える気配はなく、一方的ではあったが、優しくこう告げていった。



『お兄ちゃんが頑張ってること、私は知ってるよ。』



 頑張ってる…か。本当にそうかな。もしそうであるなら…そうだと信じられれば、どんなに楽な事か…

 彼女の言葉に、俺は自然と耳を傾けていった。



『生きる資格だって、意味だってちゃんとあるよ。だって、今までちゃんと夢を追いかけてきたじゃん。前の世界でも、この世界でもさ。』


 

 理由はわからないが、彼女の言葉は根拠に満ち溢れており、俺の心に響いていった。

 彼女はなおも、俺の心に語りかけていく。



『頑張ってる人に生きる資格がないなんてこと、絶対にある訳ないもん。そうでしょう?だから、自分を責めないで…自分を大切にして…』



 ソフィアは優しくも少し悲しげにそう告げる。

 俺自身も、シンプルだが純粋なソフィアの言葉によって、少しずつだが落ち着きを取り戻していった。

 暴走する魔力が収まっていく様子に、ジルベルトたちも何が起きているのかと驚きの目を向けてくるが、今はそんな事どうでもいい。

 俺はソフィアの言葉に耳を傾けていた。

 


『それにね…お兄ちゃんは魔力がちゃんと使えるよ!』



 え……?



『今だって魔力使ってるでしょ?暴走してるけどさ。だから、落ち着いて。ちゃんと方法を学んで、魔力を正しく使ってね。』



 それは、まるでこちらの様子がわかっているような言い方だった。



「ソフィア…君は何を…」


『それと、私に体を返す約束はあまり気にし過ぎないこと。お兄ちゃんの心が壊れちゃうのは嫌だから…無理はしないでね。絶対だよ。』


 


 そこまで告げるとソフィアは全く反応を示さなくなり、何度か呼びかけてみたが、それ以上返事は返ってこなかった。

 呆然として立ち尽くしていた俺は、暴れていた自分の魔力が収まっていることに気づき、同時に視線の先で安堵のため息をつくジルベルトとスーザンの姿を確認した。

 それに、部屋の中を見渡せば家具や食器、花瓶や窓ガラスなど、壊れに壊れてめちゃくちゃだった。

 どうやら、俺は我を忘れて何かしでかしたようだ。

 紫色のもやもやした何かが、俺から溢れ出て暴れていたのは覚えてるけど、ソフィアと話すまでの記憶が曖昧だし、ジルベルトとスーザンは唖然とした顔つきで俺を見ているし…

 やばいな…おそらくだけどこれ、俺がしたんだよな…

 いったいどれだけ大目玉を食らうのか…そう焦りまくる俺だったが、突然駆け寄ってきたジルベルトが力強く抱きしめてきた。



「よかった!ソフィア、無事なんだな!」


「と…父ちゃん、突然どうしたの?い…痛いよ。」



 ジルベルトはそれを聞くと、すぐに体を離して俺の両肩に手を置いた。



「お前は今起きた事を覚えているか?」



 俺は首を横に振り、血の涙の跡を袖で拭いながら断片的な記憶だけがあることを告げる。



「そうか…よく聞け、ソフィア。お前は死んでもいいと言っていたぞ。その理由はわかるか?お前自身の事だ。よく思い出せ。」


 それを聞いて、俺は唖然としてしまった。

 な…?死んでいいだって?!気づかないうちに、俺はそんな事を……あっ…そうか……だからソフィアは、自分の体のことは気にするなって気を遣ってくれたのか。

 まったく不甲斐のない大人だな俺は…ソフィア、本当にすまない…。

 俺はそうため息をつき、ジルベルトに対して答えた。



「多分…魔力使えないし、ベスボルもできないって言われたから…かな。」



 そうは言ってみたが、冷静になると自分がどれだけ駄々をこねたのかとめちゃくちゃ恥ずかしくなった。

 これじゃ本当に4歳児と変わらないじゃないか。我儘で部屋をぶち壊すなんて…ソフィアの方がよっぽど大人だ。

 俺が一人、心の内で悶えていると、ジルベルトが小さくため息をついたことに気づく。



「…そうか。魔力についてはまだなんとも言えん。しかしお前、暴れていた時も言っていたが…そんなにベスボルがしたいのか?」



 その言葉に視線を上げ、ジルベルトの顔を見た。彼は俺の事を真っ直ぐと見据えており、その瞳はまるで全て正直に話すんだと言っているようだ。


 諦めないで…

 ソフィアの言葉が頭を巡る。

 俺は決意を固めてこくりと頷いた。そして、ジルベルトに自分の想いを話し始めた。



「一年前、ベスボルをやって本当に楽しかったんだよ。ソフィア、これがやりたい…頑張って極めたいって…だから父ちゃん、ソフィアにベスボルをやらせてほしい。」



 ジルベルトは、そんな俺を複雑な眼差しで見つめていた。

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