19ストライク 魔力、燃ゆ
「話は理解した。」
スーザンはそう言うと、目の前にあるカップを手に取ってお茶を啜った。
印象的な出会いから数刻ほど…
俺とジルベルトは、スーザンの店の一角にある生活スペースに案内され、そこで晩御飯をご馳走になり、今は食後のお茶を頂いている。
ジルベルトから聞いた話では、スーザンは人の魔力を読む事に長けており、その人がどんな属性を持っているか、どんなスキルを使えるかなどを瞬時に読み取ることができるらしい。
だから、俺はここに連れてこられた訳だが…彼女のそれがスキルなのか何なのかは教えてもらえなかった。
スーザンは手に持つカップをテーブルへと置き、俺に視線を向けた。ジルベルトと同じく真紅の炎のような瞳が、ゆっくりと俺を見つめている。
うぅ…女性にジロジロと見られるのは慣れてないんだよな…恥ずかしいと言うか何と言うか…でも、自分の体のことをちゃんと教えてもらえるなら…
そう考えて、視線をスーザンへと向けると、彼女は小さく息をついてこう告げた。
「ソフィア、お前は偏属だな。それは間違いない。」
あ、やっぱりですか…
予想はしていたが、あっさりと断言されて俺は肩を落とした。
と言う事は、やっぱり俺自身、魔力やスキルを使うことはできないのだろうか。そうなると、ベスボル選手を目指す事すらできない可能性があるってことか…
確定はしていないとは言え、現実を突きつけられて悲しさよりも先に怒りが湧いてきた。それはもちろん、俺をこの世界に送り込んだ女神アストラに対する怒りである。
あの女神…何が異世界でベスボル選手を目指さないか、だ。俺の事を殺しておいて異世界に転生させた挙句、こんな大事なことを黙っているなんて…転生させられるくらいなんだから、この事実は知っていたはずだろ。
「どうした…ソフィア…?大丈夫か?」
下を向き、怒りに打ち震える俺を見て、ジルベルトは悲しんでいると思ったのだろう。俺の事を案じて声をかけてくれたようだが、それでも、俺の心の内で湧き上がった怒りは収まらない。
すると、その様子を見ていたスーザンが、もう一つ情報を付け加える。
「ちなみにだがな、ジル…ソフィアの基本属性は"無属性"だよ。」
無属性…?って、属性がないって事か!?くっそぉ、やっぱり怒りが収まらん!アストラ、絶対にぶっ飛ばす!
そう怒りで拳を握り締めていた俺の横で、ジルベルトが突然勢いよく立ち上がった。
「なっ…!?無属性だって!?」
椅子は倒れ、テーブルの上にあったカップからお茶が溢れる始末。だが、ジルベルトはそんなことには気にもかけずに、自分の姉に食ってかかった。
「いくら姉さんでも、そんな冗談は笑えんぞ!」
「私は魔力のことに関しては嘘はつかん。それはお前も知ってるだろ。」
「そうだが…!!」
さっきまで怒り心頭だった俺も、ジルベルトのその豹変振りには自分の怒りも忘れるほど驚いた。
無属性ってそんなに驚くものなのか?いったい何なんだ。
「スーザンお…お姉ちゃん、無属性ってなぁに?」
そう尋ねる俺の横で、ジルベルトは俯いたまま立ち尽くして肩を震わせており、その顔には怒りが浮かんでいる。スーザンもどこか気まずそうにしていたが、俺を見て小さく息をついた。
「はぁ…無属性はその名の通り、属する性質を持たない。魔力は属性があるから感じ取れる。だが、魔力に性質がない無属性だと、本人は自分の魔力をほとんど感じ取ることができない…」
「え…?なら、ソフィア、本当に魔力使えないの?スキルも…」
その言葉に、スーザンは難しそうな表情を浮かべたまま、目を瞑って頷いた。
ハハハ…確定かよ。悪夢が現実になった気分だな。まさか本当に魔力が使えないとは…怒りを通り越して呆れるってのはこういうことを言うのか。経験なんてしたくなかったけど…もうあの女神のことも、どうでも良くなってきた。
だけど、何かしら方法はあるんじゃないか?ここは異世界だし、こう…俺が思いもつかないような突拍子もない方法とかさ。
あ!魔道具は?魔道具なら、俺でも扱えるんじゃないのか?
「あ…それなら、魔道具は?父ちゃんはその為に、ソフィアをここに連れて来たんでしょ。」
藁にもすがる思いで、俺はジルベルトとスーザンに問いかける。
だが、スーザンは首を横に振った。
「すまんが、ここで嘘をつく意味はないからはっきり言うぞ。本来、魔道具は魔力に反応するように造られている。しかし、それは使用する者が、自分の魔力の属性を認識しているからこそなんだ。自分の魔力を認識すらできない無属性に、魔道具は反応しない。頭の良いお前にはこの意味がわかるな?ソフィア…」
戦意喪失……
俺は、完全に俯いた。
目頭が熱くなり、気づけば膝上の手の甲に、ポタポタと涙がこぼれ落ちている。
なぜこんなことになったのか…俺には理解できない。この世界で人生をやり直すはずだったのに…ベスボルの選手になるという目標も…アストラのせいで全部台無しだ。ソフィアとの約束も守れない。もうこの世界で生きる意味は……ない。
俺の心にはゆっくりと絶望が広がっていった。
「姉さん、何か方法はないのか…ソフィアが魔力を扱える方法は…」
ジルベルトがそう尋ねる声が聞こえたが、スーザンからの返事はない。沈黙がその場を支配していく中で、いつの間にかスーザンもジルベルトも俯いている。
そんな中、俺の口が無意識に動き出した。
「"私"ね…ベスボル選手になりたかったんだ。」
突然のカミングアウトに、ジルベルトとスーザンが少し驚いて顔を上げた。特に、ジルベルトの方はやっぱりかと言うように、呆れた表情を浮かべているようだ。
だが、今の俺にはそんな事を気にする余裕はない。
「一年前、ベスボルを体験してみて、とても楽しかった…ベスボル選手を目指すんだ…また夢を追うんだって…そう思った。だから、アル兄に無理言って、ベスボルのいろんな事を教えてもらったんだ。でも、こんな結果になるなんて…」
「ソフィア…?お前……また夢を追うって…いったい…」
ジルベルトは俺の口調が変わったことに気づいたようだ。驚いたように俺をじっと見つめている。
「けど、ベスボル選手になるには、魔力とスキルが重要なんだよね。無属性の私じゃ……なれない。まさか魔力が感じられない体質だなんて…そんなの聞いてなかった…聞いてなかったよ…」
「……聞いてなかった?ソフィア、お前はさっきからいったい何を…」
だが、ジルベルトはそこまで告げて周りの異変に気づいた。
テーブルの上のコップや部屋の窓たちが、何かに反応するようにカタカタと音を立て始めているのだ。
スーザンもジルベルトも、何事かと辺りを見回しているが、俺にはそんな事どうでもよかった。
心が熱い…想いが…怒りが溢れ出す。なんだか目も霞んでぼんやりとする……
「うっ…」
突然、目の奥が燃えるように熱くなり、俺は両目を抑えて俯いた。その熱が上がるに連れて、自分の体温も少しずつ上がっていくのがわかる。
そんな俺の異変に、スーザンが気づいた。
「おい…ジル…ソフィアが…何か様子がおかしいぞ。」
ジルベルトもその言葉を聞いて、俺の変化に気づいたようだ。だが、慌てて近づこうとしたジルベルトを見えない壁が阻む。まるで俺の心が、彼が近づくことを無意識に拒んだかのように…
「姉さん…!ソフィアに…近づけないぞ!なんだこれ!」
「わからん…!わからんが…こ…これは…まさかソフィアの魔力が…暴走しているのか?」
スーザンは、俺の中の魔力の流れを読んでいるようだが、そんな事は今の俺にとってどうでもいい。
気づけば、薄らとだが紫色のオーラが自分の体を包んでいて、それは俺の瞳から涙のように溢れ出ているように見える。
怒りが…心地いい…いっそ…このまま…………
その瞬間、俺は顔を上げた。
その眼に真紅と深青の炎を宿して…
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