2ストライク おやすみなさい…

ーーーだ!


 ………


 ……て…あれ?こ…ここは…どこだ?


 突然、肌で感じられる爽やかな雰囲気に、俺は疑問を感じた。少し視線を動かしてみれば、薄っすらと…ぼんやりと見える視界の先で、吹き抜ける心地のよい風が真っ白なカーテンを揺らしている。


 ここは…どこだろう。天国…ではなさそうだな…。俺は…どうなったんだ?これは…ベッドの上に横になっているのか…?

 そうだ!"あの女性"は助かったのだろうか…突き飛ばしてしまったし…もし助かったのなら、会って謝りたいんだが…


 綺麗なエメラルドブルーの瞳が記憶に蘇るが、それと同時に悍ましい感触も蘇ってきた。


 自分の骨の砕ける音…肉が潰れ…破裂する音…圧縮された血液が体中から飛び出す音…それと同時に、エンジン音が頭の上を掠めていく…


 思い出して体が自然と震え出した…

 もうあの感覚は思い出したくない…


 自ずと涙が溢れ出してくる…だが、俺はある異変に気づいた。


ーーー声が……出ない?


 声を出そうとしたのに「アァッ」とか「アウアッ」とか、そんな言葉とは言い難いものが口から溢れてくるのだ。


 もしかして俺…脳のどこかに損傷を受けたのだろうか…言葉が出ないということは、おそらくはそういう事なのかもしれないな。


 そう落胆するも、今度は体を動かそうと試みて、再び落胆した。手も足も、上手く動かすことができなかったからだ。


 やはり全身不随とかになってるのだろうか…確かにあれだけ車に踏み潰されたんだから、そうなってもおかしくないか…逆に生きてるだけでも奇跡かもしれないな。ただ…これで本当に諦めがつく…


 どこからか安堵感が胸に広がっていく。重荷を下ろしたようなそんな安心感が……

 と、そこでドアが開く音がした。コツコツと誰かの足音が近づいて来て、突然、俺の顔を覗き込んでくる。



「ーーーー※ーー※ーーーーー?」



 日本人…ではない銀髪の青い瞳の女性が俺に笑いかけてきたが、彼女の言葉はわからなかった。

 というよりも、理解できないと言った方が正しいかもしれない。喋ることもできず、脳か耳の機能までも失っている…そう考えたら悲しくなってきた。


 この人は、俺の世話を担当してくれる看護師の人だろうか。まったく…こんな生きてるかどうかすらわからない俺の担当だなんて、この人も難儀だな…



「ーー※ーーーー※ーーー!」



 銀髪の女性が手招いて誰かを呼んだ。すると、今度は金髪で、真っ赤な瞳の男性が笑顔で覗き込んでくる。


 ん?男…?ということは、俺の担当医師だろうか…いや、決めつけるのは良くないな。女性が医師で男性が看護師の可能性だってあるんだ。



「ーーー※ー※ーー※ーーーー!!」



 男性は嬉しそうに…いや、どこかニヤニヤしているようなそんな気もするが…かなりダレた笑顔を向けてくるので、少し気色が悪い。

 そんな彼が突然、俺の顔に手を伸ばして頬っぺたを指で突ついてきた。


 な…なんだ?触診か…?でも…なんだか…雰囲気が少し違うような…



「ー※ーーー※ーーーーー!」


「ーーー※※ー※ーーー!」



 男性は横にいる女性に笑顔で何かを話し、女性も嬉しそうに何かを答えているが、やはり、なんと言っているかはわからない。


 というか、重症者の俺を前にして、よく笑っていられるな…この二人は…不謹慎じゃないか?


 そんなことを考えているうちに、急に眠気が襲ってきた。


 あぁ…眠たい…いろいろと思い出したから疲れたなぁ…どうせ、この体はもう動かないんだ。たくさん無理させてきたこの体を休ませてやるのもいいか。これからは眠ってゆっくりする日々も、悪くはないなぁ…


 ウトウトと視界が閉じていく中、ぼんやりと二人の笑顔が浮かぶ。


 そして…



「おやすみなさい。可愛い私たちの…」



 俺の意識はそこで途切れた。



〜〜〜〜〜



「アル兄!待ってよぉ〜!!」



 銀髪の綺麗な髪を三つ編みにまとめた少女は、苦しそうに走りながら大声でそう叫んだ。すると、前を走る金髪の少年がそれに気づいて振り返る。その背には、自分と同じ金髪の小さな少女を背負っていた。



「ジーナ!早くしろよ!遅れちゃうだろ!」


「だってぇ…ハァハァ…アル兄、早いんだもぉん!」



 やっとのことで兄の下へと辿り着いた少女は、息も絶え絶えに自分の膝に両手をついた。よほど必死に走っていたのだろう。額から流れる大量の汗がそれを物語っている。

 それを見た少年は呆れたようにため息をつき、ジーナと呼んだ少女にこう告げた。



「俺はソフィアを背負って走ってるんだぞ!それ、わかってんのか?」


「わかってるよ!でもアル兄、体力あり過ぎ…ハァハァ…」


「ジーナは毎日の訓練を怠るから、そういうことになるんだ。」


「ハァ…違うって!アル兄が凄すぎるんだよ!ねぇ〜ソフィア♪」



 息を整え終え、兄に反論する余裕ができたのか。ジーナは、兄に背負われている妹を仲間に引き込もうと笑いかける。



「アウ兄はしゅごいしゅごいよぉ〜♪」



 背中で楽しげに笑い、手を叩く一番下の妹にそう言われ、アルは嬉しくも恥ずかしそうに頬を赤くした。

 ジーナもそれを見てニヤニヤと笑っている。



「相変わらず、アル兄はソフィアには弱いよね〜!ソフィアばっかり甘やかしてさ。私も一応、妹なんですけど…」


「仕方ないだろ!ソフィアはまだ3つなんだから!お前はもう6つになったんだ!シャンとしろよ、シャンと!」


「ジー姉はシャンとすゆよ!」


「げげぇ〜」



 仲間に引き込んだと思った妹から痛恨の一撃を食らい、げっそりとするジーナ。それとは対照的に、アルの背中でソフィアはキャッキャッと笑っている。



「あ〜ん!もうだめぇ〜もう走れないよぉ〜!」



 ジーナが座り込み、疲れた顔でそう告げた。それを見たアルは、再び呆れて声を上げる。



「いい加減にしろよな!そんなんじゃ、ほんとに間に合わないじゃないか。お前が観たいから一緒に来るって言ったんだろ!」


「だってぇ〜!もぉ〜アル兄ぃ〜お願ぁ〜い!」


「……ったく…もう!」



 大きくため息をついたアルは、一度ソフィアを地面に下ろした。ソフィアはこれから何をするのかわかっているようで、すぐにジーナの背中に飛び乗った。それを確認したアルは、ソフィアを背負ったジーナを軽々と背負い上げ、再び走り始める。



「はぁ〜快適だぁ♪最初っからこうすればよかったんだよねぇ♪」


「ねぇ〜♪」



 ジーナの言葉に合わせて、面白そうに相槌を打つソフィア。その様子に、アルは走りながらため息をついてジーナを叱る。



「今日だけだからな!ジーナはもっと体力つけないとダメだぞ!」


「わかってるって…あっ!見えたよ!」



 アルの言葉にジーナは反省する様子もなく、楽しげにある方向を指差した。アルとソフィアがその先に視線を向ければ、丘の下に広がる大きな広場にたくさんの人が集まっている様子が窺える。



「お〜!けっこう集まってるな!」


「今日は6チームくらい作るって、ダンカンさんが言ってたもんね!」


「いっそう、やる気が出てきたぞ!よし、行こう!」



 アルはそう笑みを浮かべて、ジーナとソフィアを背に乗せたまま広場に向けて走り出した。

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