センチメンタルジャーニー編

第90話 旅の船上にて

 リリアの髪が潮風になびいている。青空が広がり、遠くの水平線が見えている。ここはキャスタロックのあるトーリ砂漠とガレリアやリューベルのあるクレヴィア地方を結ぶ高速船の上。


 リリアは旅に出ていた。キャスタロックにはいずれ戻るつもりでアパートを借りたままにしてある。あてのない旅。幸いにもカジノで儲けた金があり、当面の生活には困らない。


──あー気持ちいいわあ。天気もいいし、最っ高じゃない!


 とにかく今はバカンス気分に浸るリリアだった。


──これでいい出会いがあれば言うことなしなんだけどね、アハハ


 いつも通り能天気なリリアだったが、実はここ一ヶ月はつらい日々を送っていた。


 舞踏会での爆発事件の後、ある新聞記事がキャスタロックを賑わせた。一連のテロは<炎の勇者リリアを狙ったものだ>という告発だ。


 それまでキャスタロックの危機を救った英雄としてリリアを讃えていた市民は手のひら返しで、心無い言葉をリリアに浴びせた。


「お前のせいだ! お前なんかがこの街に来たせいで平和な街が壊れるんだよ!!」


「疫病神、出て行け!」


「勇者だからって調子に乗ってんじゃねーぞ、ブス!」


 ジルやリュドミラは自分に被害が及ぶのも厭わず必死でかばってくれたが、リリアの自宅ばかりかクレイバーグ生花店に石が投げこまれたり、リュドミラが契約しているダンスホールに放火によると思われるボヤ騒ぎが起きたりで、まともに生活できる環境ではなくなっていた。


 なにかとサポートしてくれていたブルニュスは姿を見せなくなった。実は告発記事を書いたのはブルニュスの父親だった。ブルニュスはリリアに会わせる顔がなかったのだ。


 ようやく見つけた新天地──額に汗して働き、質素でも堅実な暮らしを送りながら築き上げた自分の居場所──心許せる人々に囲まれ穏やかに過ごしていた日々は簡単に崩れ去った。


ボー、ボー、ボー


 汽笛が鳴る。考えごとをしていたリリアはふと我に返った。お気に入りの花柄のワンピースの裾が揺れている。


 人の話し声が近づいてきて、リリアは麦わら帽子を目深にかぶった。事件の影響でリリアはすっかり有名人となっていたため、顔が知られている。


──顔を見られて騒ぎ立てられたら、たまったもんじゃないよ。せっかくのバカンスが台無し!


 甲板に降りてきたのは二人組の若い女だった。派手で煌びやかな格好からするとお金持ちのお嬢さま同士のお友達といったところか。


「なにこれー!めっちゃいいじゃん」


「景色サイコー過ぎ!テンションがマキシマムオーバードライブやわー」 

 

 女たちはキャピキャピしていて、それまで景色を独り占めしていたリリアは邪魔された気分になった。


──うわ、このノリ苦手だわー。いかにも軽薄っていうか、尻が軽そうっていうか! どうせナンパ待ちでしょ。なんだかんだ二人とも結構かわいいし。あーなんかヤだなあ……


 などと思っていると、いきなり突風が吹いてリリアはとっさに麦わら帽子を押さえた。


──あっぶなー。これ、割と高かったし。


 カジノで勝った金で買った高級な麦わら帽子だった。普段だったら絶対に買わない。


「あー! あかん、飛んでったわ!!」二人連れの一人が叫んだ。


 見ると、女の花をモチーフにした髪飾りが風で飛ばされていた。このままでは海に落ちる。リリアは咄嗟にジャンプしてそれをキャッチした。


 女二人は唖然としていた。それもそのはず、リリアのジャンプは勇者のジャンプだ。普通の人間では絶対に届かない高さまで達していたから。


──やっばぁ! つい、やっちゃったよ……バレたかな?


 着地したリリアはおそるおそる二人の顔を見た。すると──


 パチパチパチパチ──


 力一杯の拍手が始まった。


「うわ、激ヤバじゃん!! カッコいい!!」


「ええもん見たよ、な、な、こんなんなかなか見れんで!」


 人懐っこい目をして二人がリリアに近寄ってきた。リリアは髪飾りを渡してやった。


「おおきに。お姉さん、にしてもすごいわー」


「キャスタロックのサーカス団の人とか?」


「違いますよー、あはは」


──よかったー。この人たち私のこと知らないみたい。


「私、エスメラルダ。よろしくね! で、こっちは」


「ルイーズ。よろしゅう」


 エスメラルダはスラッと背が高くスレンダーな美女、一方、ルイーズは小柄で可愛い系、小動物を思わせる顔立ちだ。


「リーリです。二人はどこから?」


「私たち、グランデンバルから来たんだ。リーリちゃんは?」


 グランデンバルと言えば、キャスタロックから100キロ北にある小都市だ。


「キャスタロックだよ」


「わー、キャスタロック!! 都会人やん。ええなあ」ルイーズがはしゃぐように言った。


「花屋で働いてるの」


「お花屋さん? イメージぴったりじゃん! リーリちゃん、かわいいから絶対似合うよー! ちょーモテるでしょ。お目当ての女を口説くために花買いに来た男も、こんな可愛い子がお花を売ってたら惚れちゃうよー」エスメラルダがハイテンションでまくしたてた。


──この子たち、めちゃくちゃイイ子じゃない!!


 リリアは一瞬にして二人の評価を<尻軽女>から<性格のイイ子>にアップデートした。


 この瞬間にリリアの一人旅は終わった。この後しばらく三人で行動することになるのだった。若い女三人の楽しくも危なっかしい旅の幕開けだ。



 




 


 


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