第89話 形見

 リリアはしばらく立ち尽くしていた。もう何の言葉も出てこない。いつしか花火も止み、風の音が夜の静寂を強調していた。


 ほんの少し前に目の当たりにした光景が甦る。背後から忍び寄ってきたパルはリリアを巻き込んで自爆しようとした。それを察知したリュドミラが……


──なぜ気づかなかった? 


 至近距離への接近に気づかないなど、勇者としてありえなかった。


──感情が昂ぶってたから?


 パルの姿は跡形もなく吹き飛び、リュドミラの姿もない。おそらくは……


「リーリ!」ブルニュスが駆け寄ってきた。「リュドミラは?」


「……わからない」


「わからないってどういうことだよ!?」


「私をかばって……それから……わからない……」リリアは膝から崩れ落ちた。


「そんな……」ブルニュスは絶句してしまった。


 管理の行き届いた美しい花壇や芝生が自慢の宮殿庭園は2回の爆発で見る影もなかった。まるで月面にいるかのような凸凹の大地に砂煙が舞っている。


「ゴホ」小さな咳払いが聞こえる。


「ブルニュス、今、咳した?」リリアが訊いた。


「いいや」ブルニュスが答えた。


「ゴホゴホ」再び咳払いの声。


「あっちだ!」リリアはそう言うと同時に駆け出していた。ブルニュスも続く。


 二人の立っていた場所から50メートルほど離れたところに、砂に半分身体が埋まった状態のリュドミラの姿があった。


「リュドミラちゃん!」


「生きてるのか!?」


「へ?」リュドミラはポカンとして二人の顔を見た。そして、言った。「……うん、死んではいないなあ……生きてると言えば生きてるんじゃないかな……」


「良かったー!」リリアがリュドミラに抱きついた。


「マジかよ!? あーよかったぁ!!」ブルニュスは脱力してその場にへたり込んだ。


「私、絶対死んだと思ったんだけど……」


「俺も思ったよ! あんだけの爆発に巻き込まれたんだぜ! なあ、リーリ、あれを食らってたら勇者だってひとたまりもねえよな?」


「うん……至近距離でアサシンの自爆から逃れられる者はない……それが、定説。だって私が使うダイナグールド級の火炎魔法、えっとつまり最強の火炎魔法に匹敵するって言われてるもの。リュドミラちゃんが助けてくれなかったら間違いなく私、死んでたと思う」


「じゃ、なんでリュドミラは……?」


「アハハ、なんでだろね?」当の本人はあっけらかんとしていた。「ディグくんが助けてくれたのかなぁ、な〜んてね。そんなわけないか、ハハハ」


「いや、ちょっと待って。リュドミラちゃん、それは?」リリアはリュドミラが首から下げているペンダントを指差して言った。


「これ? これはねぇ……」リュドミラは胸元からペンダントを出して見せた。先には金で細工が施されていて、その中には石がはめ込まれていた。


「爆竜石だよ。ディグくんの形見のね」


「俺が渡したやつ……」ブルニュスが言った。


「そう。ペンダントにしたんだ。いつも一緒にいられるようにね。けっこう重いのが難点だけどね。肩凝るもん、アハハ」


「巨乳の気持ちわかったんじゃね? お前、肩こりとは無縁の貧乳だからな」ブルニュスが軽口を叩いた。


「うっさいガキ! まだ発達段階なんだよ!!」リュドミラはブルニュスのお尻を叩いた。


「いってーな、アハハ」


「ディグだ」戯れる二人の横でリリアが言った。


「なにが?」リュドミラが訊いた。


「やっぱりディグだよ!!」リリアが叫んだ。


「は?」リュドミラもブルニュスも声をシンクロさせた。


「そのペンダントについてるのはディグの体内にあった爆竜石の中で、爆発せずに残った成分が固まったものでしょう?」


「まあ、そういうことになるよな。つまり不発の爆竜石ってことか?」ブルニュスが言った。


「そう。私、聞いたことがあるの。この世界に炎耐性のカーボネイト魔法を凌ぐアイテムがあるって」


「まさか……それが……」ブルニュスが言った。


「それは爆竜石を爆発させた後に残った成分でつくるんだって。魔王討伐軍の第一魔道士が教えてくれた。でもね、ただ爆発させただけでは生成されなくて、いろんな条件が揃った上でしかできないんだって。その条件もちゃんと解明されてないから、つくろうと思ってつくれるものじゃないのよ。偶然が重なることでしかお目にかかれない、まさに幻のアイテム……その魔道士も実物は見たことがないって言ってた。でもね、それはどんなに強大な炎からでも身を守ってくれるんだって。戦いに身を置く者が誰しも欲しがる夢のアイテム……」


「……」リュドミラは黙って訊いていた。


「ディグのあんちゃんの時はその条件が揃ってたってことか?」ブルニュスが沈黙を破る。


「多分、そういうことね……はっきりとは言えないけど。でも、それしかないもの。そうとしか考えられない」


「奇跡だよ。奇跡じゃねえかよ!」


「奇跡じゃない、奇跡なんかじゃないんだよ、ブルニュス。ディグなの。ディグがリュドミラちゃんを守ったの!」


「……そうか、そうだな! あんちゃんがやりそうなことだもんな。いいとこ持ってくんだよー、あの男はさあ、ハハ。さすがあんちゃんだぜ!! あんちゃーん、あんたやっぱサイコーだぜー!!」


 ブルニュスは空に向かって叫んだ。


「なんかアイツって、そういうとこ無駄にカッコいいんだよね、フフ」


 リリアも夜空を見上げた。そこにはもう花火はなかったが、目を奪われるような星空が広がっていた。ディグに初めて会った時もこんな美しい夜だった。リリアはそんなことを思い出していた。


 リュドミラはずっと黙ったままだった。ただ黙ってディグの爆竜石を握り締め続けた。 


 そして、夜は更けていった。


 

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