第87話 溢れ出る感情
「リーリちゃん、もういいから! 私はいいから! 早く逃げるの!!」リュドミラは縛りつけられたまま叫んだ。
花火は終わる気配などなく、いよいよ激しさを増している。不安定なエルフ像の腕の中で、ボール大の爆竜石がガタガタと音を立てていて、今にも落ちそうだ。
「そんなことできるわけない!あなたまで失ったら私……」リリアは首を振る。
「私は当然の報いなの! ディグくんの仇を討てるなんて思った私が馬鹿だったの。私なんかな〜んにもできないのにね! 目の前で大好きな人が死んじゃったんだよ!! 私、身動きひとつできなかった。なんなのそれ!? 瞬きしてるうちにいなくなっちゃった。そんなことってある!? もう訳わかんないよ!! 訳わかんない!! 死にたい!! ディグくんとおんなじように爆竜石で死にたい!!だからもういい!! 死ぬ!! 死ぬんだ!! 決めた、私、死ぬわー!!」
最後の方は半狂乱で泣き叫んでいるだけだった。リュドミラの瞳からとめどなく涙が溢れていた。ディグが死んでからずっと我慢してきた。最愛の人のために何ひとつできなかった自分に泣く資格などないと思っていたのに……今はもう止まらない。一生かかっても涙が枯れる気がしない。
「そんなの知らない! 知るわけない!! とにかく、私はあなたを助ける!! リュドミラちゃんまで助けられたかったら私、ぶっ壊れちゃう!! そんなの絶対イヤ! もう大切な人は死なせない。もう十分。もう……耐えられない!!」
リリアも泣いていた。溢れ出す感情が行き場を失くしていた。歴戦の勇者も仲間を失うことには免疫がなかったのだ。魔王軍との戦いで何人も仲間が死んだが、その度に自分の感情をコントロールできなくなった。そして、数週間は立ち直れない。リリアの大きな弱点だった。
ディグが死んでからというもの、リリアは自分の感情をだましだましやってきた。あえてテンションを上げたり、笑ってみたり、デートやカジノを楽しんでみたり、いろいろやってみた。
──ディグの死は悲しいけど、私は平気。前を向いていつも通りの日常を生きるだけ──
そんな自分でありたかった。しかし、結局すべて無駄な行為だったと言える。なぜなら、今、押し寄せる悲しみに為す術もなく完全に打ちのめされているのだから。
リリアはようやく理解した。死の悲しみを乗り越えるには、正面から思いっきり悲しみと向き合い、底の底の底まで落ちて落ちて落ち切って、そこから這い上がる来るしかないのだ。
「なにやってんだよ!! もめてる場合か!!」
ブルニュスが噴水の前まで走ってきた。
リリアとリュドミラは放心状態だった。お互いに顔を見合わせたまま動かない。
「しっかりしろよ、リーリ!! さっさとリュドミラを助けるぞ!!」
「……」
「ディグのあんちゃんに合わす顔がねえだろが!!」
ブルニュスがリリアの背中を叩いた。
「……わかってるって!!」
リリアはようやく我に返ったようだった。すぐにブルニュスの持っている大きな板のようなものに目をとめた。
「ブルニュス、それなんなの?」
「トレイだよ。ウエイターがワインをのっけてた」
「そんなもの、何に使うの?」
「サーフィンだよ。これで噴水の池の中を滑って、リュドミラを助けるんだ。リーリ、知ってっか? 俺はキャスタロックNo.1のサーファーだぞ! オアシスの波乗り大会で優勝したことだってあるんだ」
「マジで?」
「お子様部門だけどな……とにかく、見てろ!」
そう言うと、ブルニュスは勢いをつけてトレイをサーフボード代わりに、見事に噴水の中を滑っていった。エルフ像に一直線に向かっていく。
「おりゃあ!!」雄叫びを上げてブルニュスが飛んだ。そして、持っていた短剣を振りかざし、リュドミラの体を縛り付けているロープを切ると、再びトレイの上に着地した。
「あんたすごいよ、ブルニュス!」リリアが叫んだ。
「だろ!?」ブルニュスはそのまま向こう岸まで滑っていった。
「ああ!」
手足が自由になったリュドミラは、エルフ像にしがみついている。足場はほとんどない。滑り落ちれば水の中の爆竜石のカケラを踏んで、爆発してしまう。一歩前進したものの、まだ危機を脱したわけではないのだ。
「リュドミラちゃん、爆竜石を押さえて!!」リリアが叫んだ。
エルフ像の腕が重みに耐えきれず、像の肘から先が崩れ落ちた。爆竜石が転がり始める。水の中に落ちれば一貫の終わりだ。
「うわああ!!」リュドミラが手を伸ばす。
リュドミラはギリギリ間に合った。ほんの数センチしかない足場につま先立ちで必死にふんばりながら、エルフ像の腕から落ちそうな爆竜石を支える。
「リュドミラちゃん、頑張って!!」リリアが声をかけた。
「頑張る!! けど、やっぱ無理かも……」ボール大の爆竜石だが、その重さは数十キロにも及ぶ。無理な体勢で普通の女の子が支えられるようなものではない。
「今助けにいくからね!」
リリアの瞳からもう涙は流れていなかった。そこにある危機に真正面から立ち向かう勇者の目だった。
──もう時間がない。とにかく手をうつしかない。イチかバチか飛ぶしかないわ! エルフ像まで飛んでリュドミラちゃんを抱えて、もう一回ジャンプ。向こう側の芝生の上に着地……できるかなあ……エルフ像のところ、足場ほとんどないから二度目のジャンプきついわー。炎耐性のカーボネイト魔法を自分にかけとくか。最悪の場合、私が盾になってリュドミラちゃんを爆発から守れる。
「炎の精霊よ、我が身を包み盾となれ!」
リリアが呪文を唱えると、真っ赤なオーラが身体を覆った。
そして、勢いよく走り始めた。ガラスの破片が刺さったままの足から血が吹き出している。一歩一歩、大地を踏みしめるたびに、それはリリアの肉をえぐる。普通ならば激痛が走っているだろう。しかし、リリアは構うことなく踏ん張り、噴水の淵を踏み台にしてジャンプした。
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