宮廷のもてなし役からお届けします。あ、現代です。
K.night
第1話 悪魔の契約書
私、為人菊代(ひととなり きくよ)36歳。
一人暮らし、彼氏なし。作る気もなし。
趣味、人間観察。
最近のお気にいりはこのちょっと価格高めなファミリーレストランで15時あたりからコーヒーを片手に人の話に聞き耳を立てること。平日のこの時間帯、このレストランは面白い、基、素敵なお話が聞けることが多いんですの。
特にこの窓際がいい感じで!きれいに磨かれた窓の反射角度がいい感じで向かいの方々の顔を反射してくれて表情までガン見できますのよ。
今日はもう特に、素敵なお話が聞けそうなのです。ほら、向かいの席の方。
「申し訳ありません、私の方が遅くなってしまって。」
「いえいえ、僕もさっき来たばかりなので。」
嘘おっしゃい。私が来る前からいらっしゃったでしょうお坊ちゃん。30分はゆうに待っていたのではなくて?ずっとそわそわしているから恋人を待ってらっしゃるかと思って楽しみにしておりましたのに、違うようですね。
「ではでは早速ですが。」
そういってきたばかりのパンツスーツをビシッと決めたキレイ目なお姉さまが取り出したるは保険会社のロゴが入った封筒。来た来た来た来た来ましたわ、これ!保険のお姉さまとそのお姉さまに惚れてしまった客とかいてカモですね。なんて素敵な組み合わせでしょう!これは最後まで聞かなければ。チョコレートサンデーを追加注文しましょう。
「あ、その前にこれを。この間実家に帰ったので。」
そう言ってちょっと頼りなさそうなおぼっちゃんは鹿児島名物、「フェスティバロ」の唐芋レアチーズケーキラブリーを取り出していた。あら、あなたいいチョイスじゃない。私も好きよ、それ。
「ありがとうございます。こちらも成約のお礼にお菓子をお渡ししてるんです。洋菓子と和菓子どちらがお好きですか?」
「そんなそんな、気にしないでください。」
もらっときなさい、もらっときなさい。お坊ちゃんはプライベート、お姉さまはオフィシャルです。これからそれなりのお金を払うのでしょう、あなた。あら、チョコレートサンデーが来ましたわ。相変わらずここのサンデーは素敵ですこと。
「では、ちょっと見積の最終確認を。」
お姉さま、ちょっと性急じゃないこと?もう彼にそんなに時間をかけてくれない感じね。それはちょっと失礼よ。
「こちらがこう、でこれがこちらで、毎月合計2万のご契約ですね。」
うぐっ、あ、危ない。危うくアイスを吹き出すところでしたわ。ところどころ聞こえませんでしたけど、合計2万の契約っていいませんでした?なんて契約してますの!お坊ちゃん、見たところ20代ですよね。そして間違いなく結婚されてませんよね?その初心さからして。何に掛けてますの。健康に不安でもありますの?あ、貯蓄型の保険でしょうか?それならまだわかりますわ。
「受取人はお父様ということで。」
「はい。一千万もあれば親も喜ぶかと。」
まさかの死亡保険―――!!!
「ほんとうに親孝行な方ですね。」
何言ってますの?ちょっとお姉さま、いい加減なこと言わないであげなさい。お坊ちゃんも照れてる場合じゃありませんわ!どのタイプの親孝行なんですの。実家鹿児島なんでしょう。あなたの収入に頼ってるわけじゃないでしょう。子供が死んで一千万入って喜ぶ親ですの?そのお金自分のために使って、親より当たり前に長生きしなさいな!
ああ、契約書にサインしていらっしゃる。ちょっとお坊ちゃん、それ現代版の悪魔の契約書ですわ。お坊ちゃんの収入が平均以上だとしてもまっっったくおすすめできない内容です。
「あら、バイト先変わったんですか?」
「あ、いえ、掛け持ちしていてこっちの収入の方が多いんです。」
カラン。思わず私は持っていたサンデーのスプーンを落としてしまいました。今、今なんとおっしゃいました?私の聞き間違いでなければバイトを掛け持ちとおっしゃいませんでしたか?まさか、まさかのお坊ちゃんはアルバイターですの!?
ちょちょちょっと、局地的に火事とか起こりませんか?あれは正真正銘、悪魔の契約書、そして奴隷の契約書ですわ。
「あの、これでもう会えないんですかね?」
「いえ、成約のお礼の菓子折りをまた持ってきますので。」
「あ、そっか。そうなんですね。」
嬉しそうにしないでお坊ちゃんー!ああ、鹿児島のお坊ちゃんのご両親様、なぜお子様にお金のお勉強をさせてあげなかったのです。恋愛とかくそみそどうでもよろしいですわ。あなた方のお子様、たった今ワーキングプアにジャンプインしてますのよ!!お坊ちゃん、まさかと思いますけど、国民健康保険はちゃんと払ってますわよね?日本の長寿は、素晴らしい保険制度にありますのよ。正直それさえあれば、大概のことは乗り切れるんです!ああ、捕まえて説明して差し上げたい・・・!
「あ、もうこんな時間ですね。なんか時間ってあっという間に過ぎますね。あは。」
「本当ですね。」
「あの、夕食ってどうされるんですか?」
「どうしようかと思っていて。」
おや?
「あ、もしよかったら一緒に夕食でも食べませんか?」
そうなりますわよね!!!今のはお姉さま、脇が甘かったですわ!!ああ、神様、仏様、今私が思い浮かべている、このいい感じのお店をどうかお坊ちゃんにダウンロードさせてあげてくださいませ。せめて、せめていい思い出を一つくらい作らせてあげてください。あとなるべく早くその保険を解約するようお祈り申し上げます。
「あ、いや私実は体鍛えていて、5時以降ごはん食べないようにしているんです。」
貴方が中山きんに君でも許しませんことよ、その言い訳。え?ボディビルダーの全国大会にでもでますの?ほっそい腕していらっしゃいますが??
「そうなんですか・・・。大変ですね。」
お坊ちゃんも何をおっしゃってますの?そんなわけないでしょう。ああ、私もう涙が出そうです。今のはお姉さまの失態なんですから、攻め込んでください。許されますよ。もう誰が許さなくてもこの私が許しますから。お願いですからもう一息!!
「それでは出ましょうか。あ、こちら払いますね。」
「あ、そんなそんな自分の分ですから。」
「大丈夫ですよ、経費ですから。」
「払ってもらいなさい!」
小さい声で言いました。隣を通り過ぎる時、そっとお金の大学的な本を坊ちゃんのカバンに忍ばせましたのことよ。このために私本はアナログですの。貴方が望んでバイト掛け持ちならばもちろん何も言いません。けれど計らずともそうなっていらっしゃるのでしたら、どうぞ知識をつけて未来をクリエイトなさってください。
サンデー、大半が溶けてしまいました。飲み干してしまいましょう。ずぞぞぞぞぞ。
宮廷のもてなし役からお届けします。あ、現代です。 K.night @hayashi-satoru
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