外東葉久

 ベーコンエッグの黄身をわると、半熟の中身がとろっとあふれ出した。それをトーストですくい、おひさま色になったトーストのかけらを口に放り込んだ。

 居間のテレビからは、梅雨入りのニュースが流れている。

「傘、玄関に出してあるから。」

台所から母が言う。幼い弟は、長ぐつを履けるのかとしきりに母に問うている。

 梅雨は好きになれない。湿気で髪の毛が広がるし、制服のシャツも肌にまとわりついてくる。外がムシムシしていると、学校まで歩く気も失せる。弟のように、長ぐつで水溜まりに飛び込むというような楽しみもない。せめてもの元気づけに、お気に入りの傘をさすくらいだ。

 トーストの最後の一口で、皿に流れ出た黄身をきれいにすくい上げた。


 通学リュックにカバーをかけ、傘を手に家を出た。母に買ってもらった、四角い模様の入った青い傘だ。

 学校までの道のり、なるべくどこも濡らさないように慎重に歩く。風を読んで、傘の傾け方を変えるのがコツだ。

 少し増水した川を渡った先に、友人の淡い黄緑色の傘が見えた。私は小走りで彼女に近づいた。

「おはよーっ」

二人で並ぶと、傘の色と模様が相まって、アジサイのように見える。

 校長先生が、黒基調のチェックの傘を手に挨拶をしている、学校の門をくぐると、本物の青いアジサイが咲いていた。本物の葉は、もっと濃い緑なのだが友人の傘の色も十分葉に見える。

 アジサイな私たちは、靴箱の前で傘を閉じ、ただの中学生に戻った。


 帰るころになっても、雨は降り続いていた。私は友人と靴箱へ向かった。傘は靴箱の隣の傘立てに入れてある。

 友人は、すぐに黄緑の傘を抜き出した。その側に自分も入れたはずだと、探してみる。

「あれ、どこいった?」

私の傘が見当たらない。

「ほんとだ」

友人も傘立てを見回して言った。

 誰かと被っていた記憶はないのだが、大雑把な人が、よく見ずに引き出したのだろうか。すぐに周りを見回してみるが、青い傘を持っている人はいない。

 「どうしよう」

「とりあえず、私の傘に入れてあげるよ。きっと誰かが明日返してくれると思うよ。」

友人にそう言われ、納得した私は、友人の傘に入れてもらい、家に帰った。


 そのまま一夜が明けた。雨は上がり、空は晴れていた。

 いつものように、川の先で友人と合流した。

「傘、あるといいね」

「うん」

そんな話をしながら校門をくぐった。


 「えっ」

私たちは、すぐに違和感に気づいた。

「ここのアジサイって青だったよね」

友人が言った。


 校門近くに咲いているアジサイが、一面ピンク色になっているのだ。


 「なんで」

アジサイは土の成分によって色を変えるということは、なんとなく知っていた。けれど、一夜にして、色が変わることなどあるだろうか。

 校門に立っていた校長先生も、不思議そうな顔で他の生徒に話しかけている。

 私たちはしばらく、アジサイを見つめていた。しかし、なくなった傘のこともあり、首を傾げながら、靴箱へと向かった。

 傘立てを見回し、青い傘がないかと探してみるが、すぐには見当たらない。他の人の傘をかき分け、注意深く探していたときだ。

 「あれ、これって」

私は、全く同じ四角い模様の傘を見つけたのだ。

 しかし、決定的に違う点があった。

 それは、青色ではなく、ピンク色なのだ。

 「どういうこと」

友人が驚いた顔で言った。

 持ち手には、私が目印に貼ったシールが付いている。間違いなく私の傘だ

 私たちは傘をまじまじと見つめた。

「傘、青色だったよね」

「うん、青色だった」

「アジサイと、同じ…?」

私たちは怖くなって、その場に固まった。たしかに、さっきのアジサイの色によく似ている。


 空が、何か言いたげなように、こちらに光を強めた。反対を見ると、雨も降っていないのに、虹が架かっていく様子が見えた。


 不思議な時間だった。


 ふと、手もとを見ると、傘が青色に戻っていた。


 ざーっ


 雨が、降り始めた。


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外東葉久 @arc0

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