ピアノ莫迦魔訶写像

エリー.ファー

ピアノ莫迦魔訶写像

 流れるような音の中で死を待っている。

 自分とは一体何なのかを知りたい。

 嘘をついている心地では生きてはいけない。

 ピアノは知っている。

 私だけが、何者でもないことを。

 音を響かせる間だけ、私のことを見つめてくる人ばかりであることを。

 ピアノなんて大嫌いだ。こんなものに人生を狂わされてしまった。哀れだと言われた。分かっているとも、でもやめられないんだ。この音に身をゆだねて、生きていくしかないんだ。

 母親に言われた。

 ピアノを弾きなさい。

 遊びなさい、ではない。

 弾きなさい。

 そう、言われた。

 それ以外の触れ合い方を知らなかった。ピアノは音を出すものではなく、叫ぶためのものだった。何かを表現するためにあるものであって、それ以上の価値は存在しなかった。

 友人ではない。

 友人もいない。

 家族はいる。

 しかし、私以外の人間が想像するような家族からは程遠かった。

 何故なら、ピアノがあったから。

 私にピアノの才能がなければ、きっと、もっと何か別の人生があっただろう。

 音を響かせない人生があっただろう。

 何にも左右されない、自分の命を理解しながら、自分の中にある本当の才能や努力の欠片、意思、行動、精神、心を見ることができただろう。

 私以外の人と一緒の歩幅で歩けただろう。

 失って、しまった。

 帰ってこれない。

 死ぬしかない。

 あぁ。心中するしかない。

 ピアノで自殺するしかない。ピアノがもしも、水だったら、ここで溺死するのに。ピアノがもしも、縄の形をしていたら、首を絞めるのに。

 そうすれば、私は、私を失うこともなく。

 ピアノを愛することができたのに。

 私の知っている限り、ここに嘘はない。音の中に濁りなどない。どんな安物のピアノでも、叩けば応答をしてくれる。それは、真理だ。

 私が知っていることではない。私以外の人も知っている常識だ。

 ならば、何故、音は濁る。

 何故、人はピアノから離れる。

 単純だ。

 ピアノを弾いているのが人間だからだ。

 ピアノが完全でも人間が完全ではないのだ。余りにも、ピアノに不釣り合いな生き物が、ピアノをこの世に生み出し、ピアノを活用するしかないという皮肉。

 ピアノだって不本意だろう。何せ、自分の完璧さを知っているはずなのだ。だというのに、自分を失う方法しか知らない。自分の一番の魅力を半減させる形でしか表現を知らない。というか、できない。

 私は、何もかも分かってしまう。

 ピアノは、私を求めてくれている。しかし、それは相対的なものだ。

 ピアノが嫌いだ。

 でも、長い年月をかけて私はありとあらゆるものをそぎ落としてしまった。

 だから、もう。

 残っていない。

 ピアノを弾く指しか、私にはない。

 ここから紡がれる音と物語に身をゆだねる生き方しか知らない。これで稼いで、これで悩んで、これで失う人生しか知らない。

 あぁ、叩くしかない。

 自分の心臓の音が聞こえる。

 鍵盤から聞こえだした。

 あぁ、良かった、ピアノになれた。

 私は、ピアノを邪魔していない。

 何もかも、できるようになった。

 あぁ、良かった。

 お母さん、お母さん、許して下さい。


 僕は、ピアノがちゃんと上手になりましたよ。

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