第8話 身分
馬車に乗り込んだあと、ミンティスが子供のようにはしゃぐ姿にちょっと驚いた。
今は顔を赤くしてうつむいてしまっているが……。
「す、すみません……お恥ずかしいところを見せてしまいました……。あまりにも素敵だったもので……」
オレのお気に入りのこの馬車は内部が空間拡張されており、ちょっと豪華な部屋のような作りになっている。
このような空間拡張された馬車やアイテムは、ゲーム内ではそこまで珍しいものではないので問題ないと思っていたのだが、どうやら国宝レベルのものらしい……。
でも話を聞いてみると、貴族だけでなく、非常に少ないながらも個人で所有している者もいるようなので、まぁいいかと開き直ることにした。
「いや、オレも気に入っている馬車だからな。ミンティスにそう言って貰えると嬉しいよ」
ユニットは必要に応じて使い分ければいいから、無理に高レベルのユニットを呼び出す必要もないが、快適な移動手段を我慢してまで自分の能力を隠すのも嫌だ。
この馬車だと揺れもほぼ皆無だし、部屋でくつろいでいる間に着く。
人間とは怠惰な生き物なのだ。
「ところで……本当に呼び捨てでいいのか?」
今さらなのだが、大国のお姫様にたいしてため口で話している事が気になってもう一度尋ねてみる。
これで三度目だったりする……。
ゲームではロールプレイをするようなことはしてなかったので、NPCには身分などは関係なく普通に話しかけていた。
それにゲーム上の設定でも、異邦人は貴族相当の身分とされていたので問題はなかったのだ。
だけど……ここは現実だ。
少なくとも今は現実と思うことに決めたのだ。
そうなると言葉遣いも気になるというもの。
小心者で悪かったな。
「異邦人様がそのようなことを……。ふふふ、レスカ様は変わっておられますね」
だけど、また笑って流されてしまった……。
この現実と認識している世界でも異邦人には貴族と同等の身分が保証されており、言葉遣いに関してはこれで問題ないのだそうだ。
さすがに国王にはちゃんとした言葉遣いと対応をしないとダメみたいだが、王族や貴族でも当主でなければこれで問題ないらしい。
「そ、そうか。まぁちょっと気になっただけだから、問題ないならこのままの感じで話させて貰うよ」
ちょっと不安だが問題ないというのなら、このままの態度でいるか。
「ところで方角はこちらでいいんだな」
オレは窓の外を見ながら尋ねる。
「はい。この父が持たして下さったマジックアイテムは、常に王城を指し示しておりますので」
そういって見せてくれたのは胸元から取り出したペンダント。
大きな水晶のペンダントトップからは薄っすらと光がさしており、たしかに馬車の進行方向を向いていた。
いや、逆だな。
光がさす方に馬車を向かわせていた。
「へ~便利なものを持っているんだな。オレも道に迷ってしまっていたから助かったよ」
ファストトラベルもそうだが、オレのマップはリセットされてしまっており、ここがどこだかまったくわからなかったので本当に助かった。
しかし、ベルジール王国の周りにこのような草原エリアなんてあっただろうか?
世界観が同じだけでまったく別の世界なのだろうか?
「どうされました? なにか悩まれておられます?」
「あ、いや。問題ない。ちょっと考え事をしていただけだ。でも、ミンティスはよく気付くよな?」
ミンティスと話してすぐにNPCではないと思ったのはこれだ。
会話の内容ももちろんそうなのだが、オレのちょっとしたしぐさや機微を読んで気遣ってくれたり話しかけてくれたりするのだ。
「ふふふ。申し訳ございません。王族としてそのような教育も受けておりましたもので」
教育でどうにかなるものなのか?
王族だといろいろなことを学ばなくてはならないだろうし大変そうだ。
「それで、学園から出たところで攫われて二日だったか?」
ミンティスは現在17歳で、王都に隣接する学園都市にある王立ベルジール学園に通っているらしい。
ちなみに学園都市といっても学生だけの街というわけではなく、王立ベルジール学園とその寮、店などを中心とした小さな普通の街だそうだ。
だが、さすがに王族が寮に入るわけにもいかないらしく、王城から馬車で通っていたそうなのだが、馬車が故障して立ち往生しているところを襲われて攫われたという話だった。
おそらく馬車になにか仕掛けでもされて壊れるようになっていたのだろう。
その辺りの詳細はわからないが、とにかくそこで攫われてから夜通し二日ほど馬車で道なき道を走ったそうだ。
「はい。レスカ様のこの馬車のように振動を抑える仕組みもありませんでしたので、道なき道を無理やり走る激しい振動に寝る事も許されず、本当に辛い二日間でした……」
ミンティスにはオレがアイテムボックスに所持していた回復薬をあげたので今はかなり元気だ。
ちなみに人に使って問題ないかわからなかったので、オレが先に飲んで安全を確かめてから渡したのだが、柑橘系の爽やかな味で驚くほど美味しかった。
VRでは未だに味覚は再現できていなかったので初めて味を知ったわけだが、同種の回復薬だけでも数千個は持っているので、またあとでのどが乾いたら飲もうかと思っている。
「よく耐えたな。その上ゴブリンの群れに襲われ、攫った者たちに殺されそうになりながらも、最後まであきらめなかったのだから本当にたいしたものだ」
「い、いえ……そんな。私は必死だっただけで……」
馬車が横転した時に大きな怪我をしなかった幸運もあるが、ミンティスがあきらめずに逃げ出したからこそ、オレもギリギリのタイミングで助けることが出来たのだ。
「そんなことはないだろう。誇っていいことだと思うぞ。……お。そろそろ着きそうだな」
視界の片隅に開いていたデミファルコンのユニットビューに、街らしき影が映し出されたのを見てそう伝えてやる。
「え? まだ数時間しか走っておりませんが……?」
「まぁナイトメアとこの馬車にかかればな。ほら、窓の外を見てみるといい」
そう言って窓にかかるカーテンをあけてやると、そこにはオレのゲームでの記憶とも一致する、白く輝く王城が見えたのだった。
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