第50話 カエデVS賢者
「お前はなぜ逃げた?」
既に戦闘準備を整えているカエデに対して、未だに杖をついたままの賢者はカエデがいる方を向いてそう尋ねる。
「賢者さんの言うことが私にはできないからです」
「魔法士でありながら、人を殺すことをためらうのか?」
キッパリとカエデは自身の意思を伝える。それは、彼女が何がんでも曲げることのできない信念であった。
しかしながら、賢者とカエデ思う魔法の使い方は大きく乖離しており、さらに両者とも相手側の考えを受け入れることは到底できないものであった。
「私は元々人を殺すために、願いの力を得たのではありません。人を救うためです」
「それは、他国の人間を殺して自分の国の人間を守るのとは違うのか?」
この世界ではそれが当然のことなのだろう。いや、カエデのいた世界でもそれが当たり前の国はある。しかし、その選択肢をカエデが持ち合わせていないのであれば、それはないものと同じである。
「違います」
「だったら、もう言うことは無いな……。他国に加勢されるくらいならここで殺しておこう」
賢者は大きく目を見開き、少女の存在を消す判断をした。その表情を一度見たことのあるカエデは、もう戸惑うこともなくその姿を涼しい表情で見ている。
「私はそんなことはしません。だから見逃してもらうことはできますか?」
「でき訳がないだろ」
少女のその言葉には一切の嘘は無い。しかし、それを賢者に信用させることは不可能であった。できることならば避けた戦闘であったが、すでに戦闘準備万端な少女はそれができないことを悟っていた。
「分かりました」
賢者は体を支えるように両手で持っていた杖を右手に持ち替え顔を上げて、空中に立っている少女を捕捉する。すると賢者の周りに今までの魔法士とは比べ物にならないほどの完成度の高い火球が数発現れる。今までの火球が火が浮かんでいるだけと表現するのであれば、これはまさしく火の弾丸である。
それを見たカエデも気を引き締め直す。見ただけで恐怖を感じさせられるのは、さすがは国一の魔法士としての威厳であった。
生きぬくために少女が取った行動は先制攻撃をすることであった。元々生成してあった魔法弾を賢者目がけて全弾発射させる。これまでであれば、それだけで半壊させられるだけの威力を持ち合わせていただろう。
しかし、賢者はそれに合わせて自身の火球を放つのではなく、飛んでくる脅威を全て受け切れる位置に火の壁を生成して、カエデの魔法弾を全て焼き尽くした。
それを見ても特段驚くような表情は出さなかったカエデであった。そのくらいのことはしてきて当然と思っていたからだ。すぐさま、次に備えるためにもう一度生成し直しながらいったん地上に降りる。
「ふん」
賢者は全て防ぎ切ったことを確認すると二人を分かつ壁が消える。するとすぐさま火球がカエデ目がけて飛んでいく。
「クッ!」
それを飛んで避けようとしちたカエデだが、浮遊しようとした時に足がもつれその場でよろけてしまう。すぐ目の前まで迫ってきた火球を熱風で体感すると、慌てて倒れこむ自身の目の前に半ドーム型のバリアを生成する。賢者の火球を数発耐えるだけの耐久力があるか不安になりながらも、目を力いっぱい閉じながらその熱気に耐える。
「ふむ。やっぱり惜しい才能だ」
温風は残っているものの、その衝撃から見事自分の身を守り切ったことを賢者の声で悟った。同じレベルでなければ間違いなく一度のやり取りで終わっていただろう。賢者としても久々に遠慮なく実力を発揮できる相手を見つけて、もったいないとは思いつつも心を躍らせている。
カエデも立ち上がることなく、そのまま浮遊で宙に浮く。今までの願いの力であれば確実に賢者の攻撃を耐えきることができなかったであろう。しかし、自分の願いとこの世界でやるべきことの指針が見えた今ならその力をふんだんに発揮できる。
「うちの国はかろうじて魔法士の血が絶えなかったが、大戦時に優秀な人材のほとんどが死んだ。だからその後の魔法士としての戦力はかなり落ちていった。だから騎士たちのレベルが上がったのもあるが……。お主みたいな若く才能ある人材がいてくれればとどれほど願ったことか……」
カエデに伝えるつもりのない独り言を賢者が漏らす。もともとこの国の人間ではないカエデにはどうすることもできない。ただ、賢者がこの国のことを本気で守ろうと思っていることは痛いほど伝わる。自分の私利私欲のためではなく、守るものがある者同士の戦いはこれほどまでにひどく目があてられないものであることをカエデは初めて知ることになった。
「次で限界かも……」
老いていながらも、底知れぬ実力を見せる賢者を目の前にカエデは弱気になっていた。あれほどの高品質の魔法を何度も使われては防ぎきれる自信がない。そうなれば、おのずと最短で勝負を決めに行くしかなかった。
カエデは魔法弾を生成しつつ自身がもつ杖を賢者の方に向け、その先端に意識を集中させる。カエデにとって魔法と言う非現実的なものを扱うには、その杖は意識づけさせることに役立てていたものであった。先端にカエデの魔力が集中し始める。
白く発光するそれは、太陽を見ている訳でもないのに直視するにはまぶしすぎるものであった。
「これほどまでの、魔法を扱えるとは……!」
この世界に由来していないカエデの魔法は誰が見ても未知なるものである。それでもその凄さだけは誰でも分かるほど、少女が扱っている魔法は高度なものであった。それは、魔力が集まっているというよりは魔力を圧縮しているように見えるものである。
「これで、決めます!」
少女の言葉とともに放射した、魔力の光線と言うべきものは賢者目がけてまっすぐと飛んでいく。発光しているそれは、この国の魔法士が使う火の魔法よりも辺りを明るく照らしていた。
地面をも大きく抉りながら放たれた圧縮魔法は、間違いなく少女が今まで使ってきた魔法のどれよりも破壊力がある。そんなものを、まともに受けたのならば、どんなに優秀な魔法士でも剣士でもひとたまりもないであろう。
なによりも、初めてそれを使った少女自身も、自分がそれを扱えていることに一番驚いている。
「ふぉぉぉ!!!」
それを避けることが間に合わないと瞬時に悟った賢者は、カエデの全力を自身の全力で相殺しようと試みた。賢者が火の渦のような物をうみだし始める。右手で持つ杖を天高く上げ、まるで窯をかき混ぜるかのように振り回すと、それに続くように炎の渦も次第に大きくなっていく。
両者の魔法が衝突すると、その場で大きな爆風のような衝撃があたりに広がった。
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