第13話 初めての大金

 二人は、今日の出来すぎた成果を携えてギルドに来ていた。帰りの道中も特に危なげなく、無事に帰ってこられた。カエデも異物との連戦はあまり経験したことが無いため、多少の疲れは出ているようだが目に見える報酬を得られることは現実味を感じられるようだ。

 それに今回に限っては、カエデが行ったのは援護くらいで留めはほとんどブレンがしていた。そのため連戦といっても使う体力と気力はいつもと変わらないものであった。


 昨日とは違い、魔装も解きブレンとおそろいのマントをしているため町に入ってもあまり目立たないと思っていたが、絶好調のブレンが大股で鼻歌交じりで道の真ん中を歩いているため、悪目立ちをしている。

 その後ろを歩くカエデは、子分のように身を小さくしながら歩く


「ほれ、今日の成果だ」


 ギルドに入り、さっそく昨日と同じく当たり前のように受付の前まで行く。しかし、今日はあまり人は並んでおらず、睨まれる人の数は昨日よりも少なくて済んだ。時刻はまだ昼過ぎで、昨日と比べるとはるかに速い。ここの人たちも、生きるために朝から晩まで働いているようだ。

 その信じられない量の異物のコアをギルドの受付の机に放り投げるように置く。それは決していい態度ではないものの、私はこういう女だと周りに誇示しているようにも感じられる。

 ただでさへ目立つブレンが、大量のコアを見せびらかしていたら周りの目を集めるのは当然である。


「今日は依頼は受けていないようですが」


 正面に座る、首に青いネクタイを結び制服のような恰好をしている女性がそれを見て言う。これが、このギルドで働く正装なのかそれとも城の中での格好なのかは分からないが、ここに来ている人たちから比べれば、比べ物にならないほど良いものを身に着けている。


「ああ、そうだな」


 今だけは自身が目の前にいる、いけ好かないやつよりも上に立っていることを理解しているブレンは、にやけ顔のまま無駄に会話を伸ばすような返答をする。それを察したギルドの女も、蛮族相手に取り乱さなように平静さを保とうとしている。


「この量をあなたが一人で?」


 その目線は鋭く、明らかにブレンを疑っているものであった。今までコアを一個ほどしか持って帰ってこられなかった人間がいきなり7つも持ってくるとなれば、それを不思議に思うのも無理はないことであろう。

 しかし、一切不正をしていないブレン達にとっては言われもない言いがかりではある。


「お前の目が悪いのか? 後ろにもう一人いるだろう?」


 後ろにいるカエデを振り返らずに親指で指さす。

 すると体を横に傾けて大きいブレンの後ろに隠れるようにいる、小さな少女の存在を確認する。メガネのかけた凛々しい姿のその女性は、見るからになにもできなさそうなカエデを見て、少しずり落ちているメガネを正しい位置に戻す。


「だとしても、たった二人でこの量は到底受け入れられる量ではないのですが」


 昨日とは打って変わって食い下がる受付の女性は、まるでブレン達のような人間が損をするのはどうでもいいが、得をするのは気に食わないと言わんばかりの態度である。


「なんだ? 何が言いたい?」


 得意げだったブレンも、少しばかり頭にきたのか苛立ちを見せ始める。しかし今回ばかりはブレンの勝利は確定している。


「これを本当にあなた方が倒して得たものかと聞きたいのです」


 ブレンの脅しともとれる態度に一歩も引かずに、視線は一切外さない。姿勢も正しく手は膝の上。淑女としての教育をきちんと受けていることが、たたずまいからにじみ出る。同じ国の中で生活しているはずなのに、ここまで差が出るのはカエデの価値観では理解できないものであろう。


「もし仮にそうじゃなかったとしてもお前らにはなんにも関係ないだろ? 国は異界の獣が減ればそれでいいんだから」


「それはそうですが」


 ブレンの言うことは、自分たちが今までやってきたことを指す言葉である。そのため、なかなか強く切り出せないようだ。


「ほら、いつまでぐずぐずしてるんだよ。さっさと対価をよこせ」


 そういうと嫌々ながら席を立ち、奥へと消えていく。

 それを見て、来た時よりも満足そうな笑みを浮かべまがら、カエデのほうを振り向く。


「ハハハっ………」


 その表情があまりにも幼い子どもが向けるものに似ていたのと、受付の女性の気の毒さが相まって、微妙な笑いがこぼれ落ちる。


「いや~気分がいいな。こんな大金を手にしたのは初めてだ」


 それは、初めて見る心の底から喜んでいる顔であった。やはりこの生活における何よりも重要な物は金だということが見て取れる。

 だからと言ってもブレンは道を反れるような生き方はしていない。それをなんとなく分かっているからこそ、カエデもついていけるのであろう。


 物がたっぷりと入っている麻袋のようなものを肩に担いで、来た時よりも大はしゃぎしながら道を歩く。


「見ろ嬢ちゃん! 嬢ちゃんのおかげでこんなに稼いだんだぞ!」


 その喜びようから、自分のことを忘れているのではないかと思って心配していたカエデだが、どうやらそんなことは無かったようだ。


「よかったですね!」


 後ろ向きでカエデの方を見ながら歩くブレンに、胸の前で小さく拍手をするカエデはブレンの喜んでいる顔を見て喜んでいる。それが少女にとっては一番嬉しいことであった。


「なんだよ嬢ちゃんは嬉しくないのかよ?」


 他人事のような反応をするカエデに、あまりしっくりこなかった様子のブレンはそんな苦言を呈する。その顔からは先ほどまでの笑顔は消え、なんだか不思議なものを見るかのように道の真ん中で立ち止まる。周りには人がいるがそんなことはお構いなしだ。


「いえいえ、全然そんなことないですよ」


 カエデも喜んでいた。それは間違いなく事実だ。しかし、そもそもこのことがどれほどのことを意味するかをカエデは分かっていない。未だにぼんやりとそのうち元の世界に帰れるだろうと思ってるカエデにとっては、ここは異物を倒すための出張先くらいにしか感じられていない。

 しかし、ブレンにとってはずっと異物と戦って生きてきた場所だ。異物に殺させても死ぬし、異物を殺せなくても死ぬのだ。


「その割にはなんか冷めてるな? この金は嬢ちゃんのものでもあるんだぞ」


「え?」


「え?」


 ブレンにとっては当たり前のことを口にしたはずだが、それを聞いたカエデの反応があまりにもズレていたことで、ブレンも思わず疑問の声が口出てしまった。

 カエデにはその稼いだ硬貨の価値が分かっていない。それにここで生きるための全てをブレンにゆだねているため、それはブレンのものだと思い込んでいたのだ。


「なんだ嬢ちゃんはこの金を俺が全部ひとり占めするヒデェー奴とでも思っていたのか?」


「そんなことすら頭になかったと言いますか。そもそも私は異物を倒してもお金は手に入らなかったので。だから………」


「じゃあ、なんで異界の獣と戦っていたんだ?」


 この世界においては金を得る一つの方法であり、腕に職を持っていない人間や城の中で生まれなかった人間が生きるためにやることだ。


「それが、私のやるべきことだったからです」


 この問いだけには悩むことなく、即答できるカエデである。


「なんだよ嬢ちゃん。前はずっとただ働きさせられていたってことか。可哀想」


 これほどまでの実力を持ちながら、話題にも上がらず金すら貰わずにただ働きされられていた事実はブレンには到底信じられるものではなかった。ブレンはカエデの背景が読み取れず薄気味悪さを覚えるものの、目の前にいる無垢な少女がなにか悪いことをしでかせるような人間には到底思えなかった。


「嬢ちゃんはこの金なにに使いたい?」


 カエデのパッとしないその言動に調子を狂わせられるブレンは、頭を掻きむしりながらカエデに聞く。まだまだそんな歳ではないはずなのにまるで子供のお守りをしているようだ。いや、少し歳の離れた妹と言った方がいいだろうか。

 それにも関わらず、異物との戦闘においてはブレンが今まで見てきた中では最も優秀な魔法士である。


「………じゃあ!」


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