第12話 異界の獣とは

「結局この異物って何なんですかね?」


「は?」


 少しの間の沈黙から先に口を開けたのはカエデのほうであった。その間もブレン一度もカエデのほうは見ずに、ずっと正面を見つめていただけであった。

 その目線の先には川が流れている。それは、橋が無ければとても渡れるものではないが、見える範囲には見当たらない。


「お前そんなことも知らずに戦っていたのか?」


「は、はい」


 横目で少しカエデのほうを見ながら言うブレンは、落ち着いたトーンの声ではあるがやはり、少女の常識のなさを疑った目をしている。


「これのほとんどは隣国の生物兵器だ」


 その答えはいたって簡単であるとともに、予想だにしない返答が返ってきた。


「え!? そうだったんですか?」


 そんなわけがない。言葉では驚きを表す少女ではあるものの、その本音はそれを否定するものでしかなかった。それもそのはず、ブレンの言うことが真実であればカエデは毎夜一体何と戦っていたというのだろうか。

 この世界の生物兵器が、どうやったら日本に発生するのかが説明できない。


「時々野生の動物が変化したのもあるけどな」


 ブレンから第二の選択肢が出てきた。

 信じられないと思った直後ではあるが、少女がこの世界に来たのは異物の攻撃によるものだった。それならば、多少強引ではあるものの結びつきができないわけではない。

 そもそも、異物という少女が生活していた世界ではとても説明のいかないものを、魔法の力で戦っていたのであるから、始めから説明のいかないものばかりであった。


「ちょうど10年くらい前にあった大戦の影響だよ」


 もう無知な少女にいちいちオーバーリアクションをすることは無く、無いのであれば与えるというスタンをとる。


「隣国との戦争で敵国が箱舟っていう魔法兵器を投入したんだよ。それは、空に上がって空中から魔法を打ちまくるっていう大型兵器でな。それで制空権が取られる位置まで上昇されたらこの国は跡形も残らなかっただろうな。まあ、その前に降伏してたんだろうがな」


(ヘリや戦闘機のような物の魔法バージョンだろうか?)


 今のところ町にあった建造物以外に、人工物を目にはしていなカエデは言葉通りの想像をすることしかできなかった。しかし、そんな大層なものを作れるだけの技術が果たしてあるのだろうか。それとも、他国は少し内情が違うのだろうか。

 様々な疑問がカエデの中に浮かぶ。

 比較の対象になるのは全て元の世界しかないのにも関わらず、その世界観があまりも違いすぎるためなんの参考にもならない。


「それは上昇中に撃ち落とされた。そのおかげでうちの国は滅亡せずに済んだんだよ」


 日本でも昔似たような話を聞いたことがあるだろう。その一手で戦況をひっくり返せるだけの兵器は、夢半ばでついえるのはどこの世界でもあることなのかもしれない。


「その戦争で俺の両親は死んだから、俺はこの生活を余儀なくされたってわけだ」


 ブレンにとっても話していて楽しいものではないであろう。しかし彼女は淡々と自身の生い立ち、この国の現状を話す。

 それを見てきた人間の声は本物のであろう。


「まだうちはましだよ。隣国は魔法を使うのに必要な魔素をそれで使い切っちまったから、草も生えなければ、食料も満足にないらしからな」


 今までのブレンの生活を見てきて、とてもではないが良いものだとは言えない。本人もそう思っているだろう。それにも関わらず、それと比較してもましだと言えるのだからよほどのものであろう。

 果たして本当にそんな現状で生きていけるのであろうか。


「だから、他国に戦争を仕掛けて生きながらえているらしい」


 貧しい国や、生きるのに適していない場所でのほうが発展が早かったり、軍事的に強いというのはどこでも同じなようだ。

 しかしながら、聞けば聞くほど悲惨な状況であり、なぜカエデはこんな世界に迷い込んでしまったのだろうか。


「結局、異物はどこから来ているんですか」


 ブレンの話は少し飛躍してしまい、もとのカエデの質問からは遠ざかってしまった。だからと言って全くの無意味な話ではなく、カエデにとっても元の世界に帰る方法を探すための材料になることには間違いがない。

 そしてカエデは一つ引っかかったことがあったのだ。


「なんか、質の悪い魔素だまりがあるらしくて育てた獣なんかをそこに放り込んで異物にしているらしい。それで色んな国にけしかけて、疲弊させようってことみたいだぞ」


 転んでもただでは起きないその精神で、自身の敗北の副産物ですら利用しようとする当たり、その必死さがよりうかがえる。異物が突如湧き出したものではなく、人の悪意によって生まれてきたものだと知ると、心優しい少女にとっては色々思うところがあるだろう。

 本来であれば、故意的に生き物を殺すなんてそうはしない。嫌われ者の虫くらいであろう。しかし、襲われれば仕方がない。ましてや、それを使命として課せられてしまったのであれば、そうせざる負えない。


「ちょうど見えるあの川だ」


 ブレンが指をさす。


「だから嬢ちゃんみたいに飛べるならこの川を下っていけばこの国からでられるぞ」


 この国を出るなんて、そんなことは少女の片隅にもなかった。そもそもここが少女がいた世界ではないことは明白で、この世のどこかに元の世界が広がっているとは到底思えない。

 ならば、どこに行こうとあまり関係がない。もしも、元の世界に帰れる手がかりがあるのならば別であるが。


「そんなことがあったんですね……」


 戦争なんて少女の中では非現実そのものだ。しかし、きっかけで一つで全てが狂ってしまうことは経験済みである。


「そうだ。だから、ほとんど優秀な魔法士は残っていないらしい」


 優秀な魔法士とはどのレベルまでのことを指すのかは分かっていないカエデは、ポカンとしているがブレンがさしているのは隣に座る少女を意味していた。


「よかったな嬢ちゃん。もしあっちの国にいきなり飛ばされていたら、問答無用で殺されてたぞ」


「ハハハ」


 カエデからすれば笑えない冗談である。しかし、そういった話を聞くとますます自身の運がいいことがよくわかる。


「ブレンさんは一生この暮らしをするんですか?」


 ふと思ったことが口に出てしまい、慌てて自分の言ったことの意味を理解してブレンのほうを向く。そこには誰がどう見ても動揺しているカエデがいた。

 カエデの言葉は、選ぶ余地のある人間が発するものであって、今までの話を聞いている限りその言葉を口にするのはあまりにも無神経であった。


「それしか出来ないからな。だけど、その先にあるものもある」


 しかし、ブレンは思いのほか冷静で、特別なアクションを起こすことは無かった。淡々と話すその言葉には、妙な力がこもっている風に感じられる。


「家柄もよくない。金持ちでもない。頭もない。そんな俺が唯一成り上がれる方法が強くなることだ」


 ブレンは立ち上がり、大剣を構えながらそういった。この世界でならばそれができる。それはある意味で救いなのかもしれない。


「国から認められるくらいになれば、国の兵士になれる。なんせあちらも隣国と戦争をしてるくらいだからな。強い兵士は必要なんだ」


 戦争を喜ぶ人もいる。

 そんな話は空想の中だけのものではないとはっきりと自覚させられる言葉だ。それを必要としている人の中でも、誰もが傷つけあうことを望んでいるのではなく、生きるために、もっといい暮らしをするために必死になっている人間がいることを忘れてはいけないのかもしれない。

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