第7話 空腹は最高のスパイス



「じゃ、また今度な」


 食事を終え、ブレンが立ち上がるのとともにカエデも席を立つ。少女は満腹感とともに幸福感をも満たすことになった。

 この世界にきてまだ短い時間ではあるが、初めて自身のことを魔法少女ではなく、ただの更科カエデである実感を得た。願いを追う少女ではあるが、幼い少女にとっては自身を壊さないためになによりも大切なことであった。


「ご馳走さまでした!」


 ブレンが店主に金銭を渡し、店を出ようとするのを見て慌てて感謝の言葉を口にする。それは腰を90度まで曲げて両手は膝まで届くほどまっすぐと伸ばしたその姿は、多少オーバーに見えるものの、最大限の感情が込められているものであった。


「おう、気をつけてな。また来いな」


 ブレンのほうを見ずに金銭を受け取りながら、空いた片手でカエデに小さく手を振る。大柄な男には似合わないそのしぐさではあるが、この巨体で全力で手を振ろうものなら、壁や棚などにあちらこちら手をぶつけそうである。


「本当はこんな所来たくないよな、カエデ」


 店主のすぐ横でカエデを見ながら言うブレンは、もう少しここで会話を楽しみたい様子だ。彼女にとってもここは心落ちつく場所のようだ。


「いえいえいえいえ!!! 本当に心のそこからまた来たいと思ってます」


 既に、カエデのいじり方を理解しているブレンは、思い描いた通りの反応に小さく微笑む。その様子は先ほどのまでの汚い言葉遣いや態度とは裏腹に、妹を見守る姉そのものだった。


「お嬢ちゃん……。それだと無理してるみたいに聞こえるぞ」 


 カエデのオーバーリアクションを見て、自分の料理があまりお気に召さなかったのか心配になる店主からは、豪快さはなくなり縮こまっている風に見える。

 それを見るカエデも、どういうべきかを考え見るからにあたふためいている。


「こいつなかなかおもしろいだろ。俺も良い拾い物をしたよ」


 この状況を一番喜んでいるのは間違いなくブレンで、二人を交互に見えては堪えきれない笑い声を漏らす。目の前にいる少女は最初の戦闘以外は挙動が面白い女の子にしか見えないブレンは、過去の仲間にも一度も見せたことのない表情をしている。それが、仲間に向けるものかはさておき、店主にとっても新鮮なものであった。

 しかし、店主の顔はすぐさま曇り模様に変わる。困り眉で見つめている店主の先にはやはりカエデがいる。


「嬢ちゃん、悪いことは言わない。自分の道は自分で決めるんだぞ」


 先ほどまでの声のトーンとは違い、優しく諭すかのようにそう言った。さっきまでの明るく和やかな雰囲気が、店主の一言で一変した。それは冗談ではないことは、すぐさま分かるものだった。


「え? は、はい?」


 思わず反射的に返事を返したが、唐突な内容にカエデもついていけていない。大人の真剣なまなざしを向けられて、それでも明るく振る舞えるほど大人ではない。子どもながら、なにか重要なことを言われたということだけは理解できている。


「おい、オヤジなにが言いたい。」


 ピント来ていないカエデをよそに、ブレンが鋭い目線で店主のほうを見る。横眼だけで制するそれは、余計なことを言うなと釘を刺しているようにも見える。


「この世界は生きいくのがやっとだ。それこそ、普通に生きたいなんて贅沢な夢だ。だから自分の実力を最大限発揮して、然るべき生き方をしな」


 これでも、嚙み砕いて説明してくれているようだが、それでもカエデにはその意味が分からなかった。

 毎夜異物と戦う生活をしていた少女だったが、それでも平和に暮らしていた。

 人並以上に辛い経験や思いをしてきた。

 だが、この国ではそうではない。カエデの力は、願いがもたらしたものである。それは、異物だらけのこの世界においては生きるために、なによりも強い武器であった。


「俺みたいな料理することしか出来ない人間は、一生このままだ。だけど、これがなかったら生きていくこともできなかった」


「俺は戦い続けることしかできない」


 二人は、自身の生い立ちを恨むかのように、小さな声でそういった。


「それは、ダメなことなんですか」


 なにも、知らない少女にとってはそれのどこがおかしいのかは分からなかった。アニメや漫画の世界の人たちは、そんな生活に馴染んで誇りを持っているように見受けられた。

 カエデにとっては、この世界の人たちもそれと一緒でそれがこの世界での生き方だと、思い込んでいたのだ。

 それは、考えるでもなく潜在的に脳が処理していたのだろう。


「ダメじゃない」


 ブレンは語尾を切るように言う。


「お嬢ちゃんはまだまだ子どもだし、力をもって生まれてきたから分からないのかもしれないけどな。ある時点で、自分の人生が自分以外の要因によって決められて、そこから一生出られないってなるのは、想像以上に辛いことなんだよ」


 店主がブレンの後に続けて言った言葉でようやくカエデの理解は追いついた。それと同時に、そんな状況下でいながらも自身のことを心配してくれている、店主の心優しさを知った。

 皆明るく陽気な人たちだと思っていたが、それは表面上だけでこの現状に絶望しきった後だったのだ。


(私はまだこの世界に来て間もないからよく分からないけど、そんなにも酷いところなのかな。異物がいっぱいいることは、凄く大変だけど)


「あ、あの……」


 カエデは聞きたいことが山ほどあった。それは一つずつブレンに教わるよりもはるかに効率がいいことであったが、道中のブレンを質問攻めできるほどの気概の良さはカエデは身に着けてはいなかった。


「詮索はしない。こんな世界だ。人それぞれいろんな理由がある。お嬢ちゃんもブレンと一緒にいるってことは、それなりに辛い過去がるんだろう」


 しかし、カエデのその様子を見て店主はさらに優しさを見せた。カエデが、戸惑っているのが一目で分かるからだ。店主からは、カエデが自身の生い立ちなどを話ように思えたのだろう。

 まさか、目の前にいる少女が異世界から来たなんて考えもしないだろう。そうなれば子どもであるカエデが、ごろつきまがいなブレンと一緒にいるとなると優秀な魔法士の家庭に生まれた少女が戦争により、親を亡くし居所を奪われたと、勝手な予想のあらすじが完成されても特別不思議なことではない。


「ようは、自分の意志で選択ができのであれば、それを大事にしなってことだ」


 ブレンが店主の言葉を噛み砕いて説明する。殺伐とした雰囲気も少しやわらぎ始めた。店主の言葉足らずの一言で、ブレンは一瞬敵対心を持ったのだろう。しかし、それは自分の思い過ごしだと分かりホッとしたようだ。


「あ、ありがとうございます。だけど、私はこの力でやらなくちゃいけないことがあるんです。あまり詳しく言えないですけど。というか私もなんだかよくわからないんでけど」


 自分のことを気遣ってくれている人に対して、誠実でありたい。それは少女のまっすぐな性格ゆえの回答だった。しかし、どう説明すればいいのか分からないこの現状では曖昧さこそ一番やってはならないことだ。


「大丈夫だよ。お嬢ちゃん。訳アリの人間なんて珍しくもなんともない。ここにいるブレンだって、仲間殺しとか言われているくらいなんだから」


 少女の戸惑いを良いほうに解釈してくれた店主は、先回りして気を遣う。カエデからすれば、こんなにもいい人が恵まれない、望まない生活をしている事実だけで胸が苦しくなる。

 しかし、ここで一つ気が付いたことがある。


「だから、ギルドの人たちも冷たかったんですか?」


 カエデにとってはギルドにいる人たちの態度が、あまりにも機械的で不安を覚えるほどだった。その理由が言われもないブレンへの噂が原因であるのならば理解はできる。

 時々子どもだからと言って態度の悪い店員はいる。一応保護者的な存在はいるものの、ほぼ一人で生活しているようなものであるカエデは、そういった意味では大人の悪意に触れる機会は多かったのかもしれない。

 それに、ブレンの性格上口でものを伝えるのはあまりうまくないように見える。そのため、例え事実とは異なっている部分があったとしてもそのまま弁解などはしなかったとしても不思議ではない。


「いや、それは俺関係なくあそこにいる奴はだいたいああだ」


「ああ」


 ブレンが恥ずかしげもなく答えると、カエデもやっぱりかと言わんばかりに相づちをする。みんな根は良い人と思っているカエデにとっては残念な気持ちでもある。


「ほら、ブレンは態度が悪いからな」


 さらにそれに付け足すように店主が横から口を出す。それに対して、笑いがこぼれるほどには、カエデもブレンのことが分かってきているようだ。


「おい、おっさん。二度とこの店使ってやんねーぞ? いいのか? こんな俺でも十分な客だろ?」


「おいおい、軽い冗談じゃないか」


 冗談交じりの脅しを文句を言うブレンに丁寧に謝罪をする店主。二人の仲の良さと付き合いの長さも感じられる。

 ブレンが小さな声で「じゃあな」といい店を後にした。

 それについていくようにカエデは何度も何度も店主に頭を下げようやく店の外に出た。













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