第3話 その人物は
ボロボロのマントに身を包んだその人物は、少女よりも少し歳が上くらいの女性だった。
そのフードを脱ぎ勢い良く風に揺れるのは、隠しているのがもったいない程の、赤く綺麗な長い髪だった。その身に纏っているのはものと比べると、なおさら引き立つ。
「女性だったんですか!」
少女も想像していた人物とはかけ離れていたようで、驚きの声をあげる。
「あれ? 気づいていなかったのか?」
その一方で、冷静さを見せる女は、大の男でも扱うのに、手を焼きそうな程の大剣を軽々と背にしまう。
「というより、嬢ちゃんはひとり?」
周りを見渡してから、改めて正面に立つ少女の方を見る。
「はい。そうです」
先程の緊迫した状況から変わり、周りが危険な状況のためか、少女の方も本来ならば少しばかり内気な性格に戻っている。
「どうやってここに? あまり人が来ない所にいたつもりだし、何なら周りに人の気配はなかった」
するどい目線で言い放たれるその言葉は、自身を助けてくれた少女を疑っているようにも見える。実力もさながら、あきらかに少女は不自然そのものだからだ。
「あの〜、信じて貰えないかも知れないですけど、いつの間にか、ここにいたって感じです」
この質問が来ることは予め分かっていたのだろう。すぐさま返答をする。自身でも、状況を正しく理解できていないため、曖昧なこと言わずに、あったことをそのまま話す。
それが最善だと捉えられるのは、少女の真っ直ぐな性格故か、はたまた子どもの幼さによるものか。
「ふーん。そういうもんか」
「え!? 信じてもらえるんですか!」
絶対に問い詰められるか、信じて貰えないかのどちらかだと思っていた少女だが、予想外の返答が帰ってきて驚きの声を上げる。
自分でもこの状況に不信感を得ているのに、目の前の女はすぐ受け入れられているのは、この世界では当たり前のことだからなのか。
「だって、嬢ちゃん魔法士だろ? 見たところ剣は持ってないようだが」
女とっては、少女のような魔法使いの存在はそこまで珍しいものではないようだ。
「そうですね」
(やっぱりここは日本じゃなくて、違う世界なんだ。あの剣本物だもんね)
状況を理解できるほどには、少女も冷静になっている。突如得た自身の力を考えれば、日常など遠に忘れてしまっていても当然だ。
(でも、これで隠れたり、隠したりしなくてすむのは、楽でいいかも)
もともと楽観主義だったのか、それとも力を得たから変わったのか。少なくともこの状況に嘆き、自らの願いと力を放棄するような事態にはなっていない。
「しかも結構な使い手だ」
この発言をするということは、女は今まで数々の魔法士を見てきたということだろう。
「私は、私のような人に会ったことないから、わからないですけど……」
少女は自分だけが、魔法を使えると思ってはいなかったが、幸か不幸か前の世界では遭遇したことはなかった。
「ふーん。やっぱり、お前は……」
女は少女を鋭い目つきで、じっくりと観察していたが、なにか心当たりがあるのか、1人で納得したような表情をする。
「え?」
少女もその様子に気が付き、一瞬警戒する。それそのはずです、その背に携えている大剣を振り回されたら、少女には成すすべがないからだ。
少女は優秀な魔法少女であり、優れた魔装も持っている。異物と戦う時ですら、近距離で退治することは殆どなかった。それは、自分の性能をよく理解していたからだ。
「いや、何でもないよ。そう言えばまだ名前を言ってなかったな。私はブレーンシアだ。ブレンって呼んでくれ」
この国では、これが初対面の人との挨拶の方法なのか握手を求め、右手を差し出した。
「私は更科カエデです」
カエデもそれに合わせて、すぐに一歩前に出て自分の右手を差し出す。
すると、ブレンが食い気味にその手を握る。カエデよりも大きな手で握るその様子は、まるで先程の異物に食らいついている時と逆の立場になったようだ。
「更科カエデ? 変わった名前だな」
「はい!」
日本人であるカエデの名前は、ここではあまり馴染みのないものらしい。カエデからしてみてもブレンの名もそうだ。
「それじゃあ、助けてもらったお礼として、嬢ちゃんの仲間がいるところまで護衛させてもらおうか」
「え?」
ブレンはまるで仲間がいて当然であるかのような言い方をする。もちろんカエデに行動をともにする仲間などいない。それは、さっきの会話で伝えたつもりであったが、ブレンは汲み取れなかったようだ。
「ん? もしかして他の奴らは違うクエスト中か?」
「いえ、えっと」
「なんだ? はっきりしろよ」
さっきまでの威勢のいい戦いっぷりとは、裏腹なカエデの言動に待ちきれずに、語尾が強くなる。ブレンにとっては、異物を倒したからと言ってもここは仕事場である。先ほどのように一瞬の気の緩みが命取りになる。
そのため、即決な行動、即決な判断が下せないカエデに余計に苛立ちを覚えてしまうのだろう。
しかし、だからと言ってカエデにとってはこれが通常であり、なおかつ伝えるべきことは伝えたつもりだ。
「嬢ちゃんまさか1人か?」
ブレンの圧力により、さっきよりも慌てふためているカエデを見てブレンが何かを察したように口を開く。
「はい!」
ブレンがようやく、理解してくれたことで真っ直ぐブレンの顔が見ることができたカエデは力強く返事をする。その表情は戦う少女のものではなく、年相応なものだった。
「はじめに、言っていたのはこのことだったのか。いや、すまない。勘違いをしていた」
この世界にはブレンやカエデのような異物と戦う人が、数多く存在するのだろか? それとも、カエデのような少女が1人でいることが珍しいのか、今のカエデには判断がつかないことだ。
カエデは今一度ブレンの方を見ると、ブレンもカエデの方を見ていることがわかった。しばしお互いを見つめ合う形になった。
「まさか……な」
ブレンにはいくつか疑念があったよだが、絶対に嘘をついていないことが分かるほどの、真っ直ぐな視線を向けられ、そんなはずはないと薄れていったようだ。
「嬢ちゃんこれから、どうするつもりだ?」
仕事が終わったブレンは、これから帰る場所があるのだろう。しかし、突然ここに迷い込んでしまったカエデにとっては、行くあてもなければこの先どうすればいいかも分からない。
「いえ、特には……」
ブレンのいうことが、何を指すのかは理解できているが、反射的に出た答えは正しいものではないことに、すぐに気がついた。だからと言っても、その後に続く言葉も目的も少女は持ち合わせていなかった。
「そうか。じゃあ行くぞ」
そう言うとブレンは、着いてこいと言わんばかりにカエデに背を向けて歩きだした。カエデも深く考えることなく、その背を追い歩き始める。
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