遂に歴史的特異点

小田原攻城戦始まる



 一五六〇年五月。

 北条綱成が籠城する相模の玉縄城が落城。

 綱成は自刃。

 上杉謙信は鎌倉で正式に関東管領に就任した。

 その元へはせ参じた坂東武者の数、およそ十万。

(公称。たぶんにこの言葉には嘘が含まれるのはどの世界線でも同じらしい)


 鶴ケ岡八幡宮にはその主だった武将が集まっている。

 なぜここにいる? 慶次郎よ!



「どうやら相模の守護、関東管領を自称する後北条氏は使者も送ってよこさぬようじゃな」


 北条氏とひじょ~に仲の悪い里見義堯が拳を振り上げて「怪しからん」と言っている。


 のほほん大胡一家はその中心から離れた場所で、ぽけ~っとしている。

 たまに後藤の唸り声が聞こえるくらいで残りの者は「これから小田原城攻めなんだろな。だったら儂らの兵糧はどうしよ~」などと考えている。


 慶次郎?

 もちろんその兵糧ですよ。

 主に自分が食べるための手配をどうするかに無い知恵を絞っていますよ!


「では北条の小田原攻めを行おうぞ。忠勇なる坂東の武将の方々。軍議をいたそう」


 そり上げた頭を白い練り絹の頭巾で覆い、謙信は境内の横に設営した幔幕へと向かった。




「兵糧の手配一切とその他長期の籠城が出来る準備を任されちゃた~」


 政賢がへらへらした笑顔で大胡の面々の元へ帰ってくる。

 少し軍事に詳しい現代人なら常識である「兵站の重要性」。

 これを全て大胡に任すとは~

 どうせこの城攻めは我攻め(強襲)などない。

 長期にわたる攻囲戦だね。


 そうなるとどれだけ兵糧が持つか。

 これで勝敗が決まりますん。

 河越夜戦は兵糧が持たずに命令され駆り出された国衆が、入れ代わり立ち代わり参陣していたので三万人に満たない勢力だったんだよ。

 だから負けちゃった。


 さらに長引く攻囲戦で士気がたるみ切っていた。

 そこを衝かれて惨敗。

 これを子細に分析して「兵糧大事じゃん」と上杉首脳陣は気づいて~。

「内政の事なら大胡であろう」と喝破!し大役を押し付けて来たんだね~。

 頼られているのか。この際だから負担を強いて弱らせてやれという魂胆なのか。

 それにしても十万人近い兵の食料。米だけでも毎日五百石=七十トン!!



 それに使う銭はどうするのかね?

 こんな時は偽観音の知恵を借りようとするけど、こんな大事な時に限って出てこない。

 困り果てた大胡の内政官の元締めである瀬川がみんなに知恵を拝借と大胡の面々に聞いたんだが。

 読者諸氏にはもうお分かりの通り。

 のほほん回答しかでてこない!


 困り切った政賢はもう一度観音さま(擬態)にお願いすることにした。

 この観音様を見ることが出来るものは、政賢のほか馬鹿慶次郎・揚羽・智円だけだ。

 ほかの怪しい組織構成員が乗り移る予定だったものには見えないらしい。

 それぞれの周りに浮遊するあの連中の幽霊を少しだけ感じることが出来るだけだ。



 要するにこういう時は馬鹿者だけしか頼りにならない!

 更に悪いことに今回鶴ヶ岡八幡宮にいるのは【馬鹿慶次郎しかいない】のである。

 その結果はおして知るべし。




「観音様どうして出てこないんだろう? 僕達見放されたのかな~?」


 宿にしている民家の納屋で政賢が愚痴る。

 いくらマントラを唱えても何も起こらない。

 おい。慶次郎よ。お前の出番だ。

 何かしてみろ。


 脇に座り、鼻くそを丸めて弾丸袋に入れる作業をしていたが(きったね)、「どれどれ」と腰を上げて観音像へ近づき「ひょいっ」と掴んでそれを調べ始めた。


 五年前預かった時には懐に入れていた。

 そうやっていたので大分偽銀髪幼女に嫌がられたが、その時はじっくりと観察したことはなかった。


 それが今、背中の部分から台座まで改めて観察すると、背中の部分がなんとなくノッチのような切込みがある。

 こんなものがあれば弄りたくなるよね。誰でも。

 だけどやらない。

 大事なものをむやみに弄って壊すと元も子もなくなるから。

 それが常識。


 もちろんそのような常識のない人物が現在この像をいじっている。


「これを開けると(バキッ)。開いた。なになに?「み~た~な~」?」


 あくまで遊び心?を忘れない連中である。

 おや? そこにボタンがある。

 学校にある「押すな」と書いてある非常ボタン。

 必ず一年に一度くらいは、ついつい押してしまう奴がいるよね。

 人間の本能は「やるな」というとやってしまう。

 出っ張っているものはひっこめたくなる。

 これが心理である!



「あ。押しちゃった」


 慶次郎がそのボタンを押すと


 ぴんぽ~ん


 ドアの呼び出し音のような効果音。

 二度目のチャイム!を押そうかと迷っていると、何秒か遅れて


「はいは~い。ちょっとまっててね~。みんなとバーベキュー中で手が離せないんです。ですです~」


 観音像の目から発射されるプロジェクターの光の範囲に、トングを持った片手だけが映される。

 お前ら、どこで肉調達してBBQしとんじゃ!!

 ツッコミは後にして


「観音様~、政賢です~。教えてほしいことがあって。お願いいたします。御助力を~」

「おい、偽観音! さっさと応対してゆっくりBBQを楽しめ!」


「しっかたないわね~、盛り上がってこれからだというのに~」


 エプロンで手を拭きながらやっと映し出される偽幼女。

 すでにこいつも精神年齢二十歳になるところ。

 大人の遊びを憶えるころだろう。



「で~なによ? 北条攻めの頃合いだね。何かあった?」


 政賢はいきさつを説明した。

 白いワンピースをひらひらさせながら空中で輪を描いている偽銀髪幼女。


「ふ~ん。情勢は想定したとおりに進んでいますわね。ここは大きな分岐点よ。このまま北条を屈服させれば、大きな流れが出来るわ。誰も上杉を止められるものはいなくなりますわ」


 例によって政賢は別口の案件を聞いて正座して懐紙にメモを取っている。


「攻城戦が失敗するとしたら兵糧の調達と輸送が邪魔をされた時ですわね。慶次郎、そなた退職金ガッポガッポを望むのならば、それが無事に運ばれるようになさりませ~。ませませ~」


 そういうと偽観音はフェードアウトしていった。

「さあ、焼肉喰いまくりますわよ~」

 という声もフェードアウトしていく。



 どうやら今回は慶次郎車を一人で曳くだけでは済みそうもないのはINT2の思考でも分かったようだ。

 これからどんなバカ騒ぎを起こす事やら……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る