人呼んで北斗の慶!



 既に大胡の領土は十八万石となっている。


 だが問題はそこではない。

 その変態的な技術力(主に泣き上戸なマッドがMAXな奴のお蔭)と忍びを使った通信手段で、主に関ヶ原から東の経済圏をいいように操っているため入る収入が戦国大名並みとなっているのだ。


 その銭を使って益々殖産興業を行い、内政官を育てている。

 この内政官を上杉に貸し出す約束も取り付けているのだ。


 もちろん、このような謀略をあのお気楽政賢が思いつくはずもなく。

 あの怪しい秘密結社が裏で糸を引いている。

 そのうさん臭さ、納豆よりも臭いぞ。




「風のように速いぞ、松風。いい子だ。この前付けてもらった蹄鉄の履き心地はどうだ?」

「ひひ~ん♪」


 大分快調のようで何より。


 しかし後部座鞍に乗る揚羽の様子が変である。


「くっ、貴様。何者!?」

「貴様こそ出て来るな。いい子にして寝ておれ」

「見慣れぬ服をまとい俺の体を支配する妖魔め!」

「遂に見つかってしまったか。この際だ、完全に冬眠してもらおう」

「うおっ、か、体が~~~」


 慶次郎の後ろでお子様用の鞍にまたがっていた揚羽が百面相のように表情を変える。

 慶次郎の奴に見られたら大変だぞ、揚羽。

 きっと千倍くらい誇張して言いふらされる。

 だれも信じないとは思うが。


「……ふう。眠ったか」

「どうした? 現時人の意識か?」

「そうだ。あまり出てもらうと任務に支障をきたす」

「なぜ今までそうしてこなかったんだ? その子への哀れみか?」

「いや。自分の睡眠時間の確保だ。寝ている時に動いてもらうと困る」


 勝手な言い分だ。

 九時から五時。重役並みの軟弱労働時間だ。

 う、羨ましい。


「じゃあなんでこの体の元の持ち主は何にも言わないんだよ」

「完全に存在を抹消されたか。あるいは……」

「あるいは?」

「元の慶次郎も似たような大馬鹿だったんだろう!」


 異次元世界の慶次ファンの破壊ビームが、その内揚羽を粉々に爆砕するだろう。




「で、どうするんだ? このまま落ち武者狩りをするのか?」

「まさか! これ以上、武田の戦力を落とすと大戦略が崩れる」

「じゃ、引き返すのか」

「それも面白くないな」


 偽男の娘の格好で親父臭のする台詞を吐くな。

 もっと可愛く言わないと小説として楽しくないぞ!


「露店を出そう」

「何か売るのか?」

「携帯食料。干飯ほしいいと最近焼き始めた乾パン。食料があれば、途中略奪をしながら甲斐へ帰るというような事もあるまい。

 落ち武者狩りにも体力があれば負けん」


 大胡の部隊から兵糧の輸送は素早くできるが……

 やはりこいつもたいしてINTは高くないらしい。


「それはいい! 人助けは気持ちがいいからな。孤児におにぎりを配るのは優越感を持てて最高だ」


 許してやってほしい。

 慶次郎なりの理屈だ。

 こんなでもして丸め込まねば、大好きな塩おにぎりを人に分け与える等不可能。

 あとは食べきれないほどのおにぎりがある時だけ孤児にあげる事が出来るという、性格のままならない奴なのだ。

 なかなか慈悲スキルは身につかないようだ。



「よしっ! では武田兵に優越感を持って楽しむ作戦を始めるか!」

「いや。優越感ではなく今後のだな……」


 布石として顔と恩を売っておけと言おうとしたが、既に心ここにあらず。

 武装を解き、松風を木陰につなぎ兵糧を乗せた慶次郎車(こう名付けられたw)に兵糧を山積みして荷車加速スキルを使用して、武田の敗走ルートへ直行。

 露天を開いた。



「そこのお侍さん。お疲れでしょう。

 この干飯を買ってくんなまし」


 なぜか廓ことばで接待する揚羽。

 しなを作り愛想笑いをする。

 どこでそのような事を憶えた、と詮索するのは野暮であろう。


「お、おう。なぜ故このような場所で露店を開くのじゃ。危険ではないのか?」


 常識的発想だ。

 この二人と違い常識人。


「へえ。村のもんは皆、山へ逃げましただ。

 しかし俺ら姉弟は畑がねえもんで、このように危険を冒さねば喰うていけんのです」


 途端に武田の常識人の良識が吹っ飛んだ。


「そ、そうか。では、お主の体は如何程になる?

 それを売れば食うていけるじゃろう」


 男なんざこんなもんよ。

 逃げている最中もこんな欲が出る。


「これは売り物ではございませぬ。

 あちきには将来を約束した色がありんす」


 何だか変な知識が混じっていやがる。


「そんなことが通用する場所か!

 愛い奴じゃこっちへこんか」


 揚羽に近寄り強引に立たせた挙句、腰の帯を引っ張り駒のように廻しながら(一度はやってみたい悪代官ムーブw)引き寄せ「あ~れ~」っと……

 される筈がない!


 ごきりっ


 いつの間にか立ち上がっていた弟(偽)が、その武田兵の腕を剛腕で握りつぶした。


「あがががぁ」

「小頭! おのれ。只で済むと思うなよ! 俺らは鬼美濃・原虎胤さまの……ぐぁあああ」


 最初の武士を助けようと襲い掛かって来た足軽の胸板を、慶次郎の右手人差し指が貫通する。


「お前はもう死んでいる」

「何だと? 俺はまだ……ひでぶぅ」


 何だか懐かしい展開だ。


「こざかしい奴だ。名を、名を名乗れ!」

「赤胴鈴……これは古すぎるか。北斗屋慶四郎という。人呼んで「北斗の慶」!」


 いちいちこだわるな!

 まあ、顔は似ているが。

 産みの親が同じだもんなぁ。



「お、憶えておれ! この借りは必ず。……鬼美濃様がとる!」


 自分ではないところが足軽だ。


 結局、露店作戦は失敗に終わり、武田兵に顔を売っただけで終わった。

 それも恨みを買っただけであるが。

「北斗の慶」という変な奴は武田のお尋ね者となった。


 顔を憶えられては困る揚羽はちょっとだけホッとしていたが。

 だって慶次郎のインパクトが強すぎて姉(偽)の印象など全く残らなかったからな。


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