鼻(糞)の慶次郎誕生




「ゼエゼエ。予定では武田軍一万一千九百二十二人が志賀城攻略に来ていますわ」

「幼女。何でそうも正確な人数が」

「さすがは菩薩様!」


 銀髪幼女(偽)に対する扱いのなんという隔たり。

 これは後々、天下を分ける争いに(なるわけあるかい!)。


「その内の四千人余りが別動隊としてこっちへ向かって来るのですわ。対する上野衆は大将長野業正を中心とした三千八百」

「? 俺の記憶では業正はこの出兵に反対して不参加だったんじゃ」


「チッチッ! 甘いですわ。大甘ですのよ。それこそ甘さ最強の干し柿と干し苺のジャムをトッピングした糖分たっぷりなレアチーズケーキのような甘さですことよ」

「や、やめろ~~。歯が浮く~~。凄まじい精神攻撃をするなぁ~~」



 どうやら上州の黄斑、長野業正は最近大胡の名声が高まった事により「なに。老いぼれたとはいえまだまだ青二才には負けぬ」と年寄りの冷や水を始めようとしているらしい。


 慶次郎の既に鈍くなっている頭ではよく思い出せないが、長野業正の強みは西上野の複雑な地形を巧みに利用したゲリラ戦による遊撃戦で武田軍を翻弄したものだと解釈している。


 それがお隣の信州に踏み込んでの戦。それも平地での決戦とは。

 とてもうまく行くとは思えない。

 きっと正史ではそれを挙げて反対したんだろうな。



「武田の別動隊は晴信の腹心、板垣信方。それと甘利虎泰が派遣されてくる~。ははは。四天王が二人来ちゃうわけね。さ~て、どんな戦い方すると思う~? INT1のそこの馬鹿武将くん?」


 未来にいた慶太なら素早く「伏撃」と答えたであろうが、頭の中はもやどころかサウナ風呂の蒸気が蔓延している朦朧もうろうさである。

 よくぞこちらへ来ての一年間、サウナに入り続けていられるものである。



「四天王が二人というくらいだからそいつらが先陣切って突っ込んでくれば上杉軍(謙信じゃないよ)なんか壊滅するんじゃ?」

「やはり大馬鹿です事ね」


 肩をすくめながら、ぷぷぷ、と面白がる(外見だけ)銀髪幼女。

 お前が改造して大馬鹿にしたのであろうが!

「改造じゃないわ。自前よぉ」と言いそうだが。



 その後、偽観音はユニークスキル千里眼を駆使し、伏撃場所を二人に教えて高みの見物をするといって消えていった。

 つくづく身勝手な存在である。


「よし。あの場所に潜んでいるのだな。作戦名「幼女の足蹴」は気に入らないがその通りにやれば武田軍別動隊は大混乱。

 お前の憂さも張れるだろう?

 どうだ? やる気が出て来たか?」

「……それは有難いが、幸綱様と政賢様の指示は違うのだが」

「潜んでいてあとから兵糧配り、だろ? だが! 武田の兵糧を奪って勝ってから兵糧配りでも良かろう! はっはっはっ!」


 簡単に作戦の解釈を変えてしまう大馬鹿。

 まるで憲法第九条第二項で戦力の不保持を拡大解釈して自衛隊を持っているようなものである。

 だが最前線で戦況が変われば拡大解釈は必要なのである!

(それをするものが大馬鹿者でない限り有効だ)



「では、女流忍者。参ろうか」

「勝手に名称を作るなっ!」


 こうして大胡十一人は伏撃兵をさらに伏撃するという、近代戦ではよく見かける作戦を開始する。




「ブービートラップは仕掛け終わったか?」

「ああ。時間が少なかったからそれ程多くはないが、要所要所には仕掛けた」


 忍者が本気で伏撃すればベトコンやムジャヒディン、クルドやグルカよりも恐ろしい。


「では儚きヒロイン、揚羽よ。命を粗末にせず帰ってくるのだ。四天王の首を取ってな」

「それは無理だ。命を捨ててこそ浮かぶ瀬もある。血路はこの身で作る」


 真面目である。

 その爪。二十枚くらいミキサーに入れてせんじ薬にしてこいつの飲ませてやって……これは不可だ。あの風魔よりも悲惨な事になる。

 それでも馬鹿は治らないだろう。

 INTを上げる薬を探す旅に出ねば。





 慶次郎の潜むのは板垣信方の手勢が潜む林の右にある小高い丘。

 既にそこには武田の物見がいたが、鼻くそを丸めたものを指弾でぶつけて気絶させた。

(指弾とは親指で物をはじいて敵にあてる技)

 百個くらい発射してやっと当たった。


 そこからはこれから合戦が始まる上田原を一望できる。

 慶次郎、そこで寝るなぁ~

 これから合戦だぞ? 

 あ、いびきかいていやがる。

 しかし幸いなことに、鼻提灯が盛大に割れて目覚めてくれた。

 しかしその時は既に合戦が始まる直前。


 おいこの馬鹿武者。

 もっと若武者らしく武者震いとかして見ろ。

 あ、さっき立ションしたときブルブルしていたな。


 さあ、行ってみようか。

 鼻の慶次郎らしく大見栄を切れ!



「なるほどなるほど。武田の衆! そこに隠れていたのか。かくれ鬼が上手じゃのう。じゃが鬼が見つけてしまったぞ。さあ降参せい。

 せざるば、この大胡政賢が一の子分(ちがう!)前田慶次郎利益が族滅してくれよう!」


 無理な事ばかりを宣言する。


 その大声に武田伏撃軍全員が振り向いた。

 大声スキルも上がってきてらしい。

 その後ろから十名の真田忍群が撹乱を始める。

 さて出番だぞ。

 加速装置でもなんでも使って、ちゃっちゃと始末してね。


 おもむろに小石を拾って親指ではじき、敵に目掛けて飛ばしていく。

 どんどん指弾スキルレベルが上がる?

 Level1

 Level2

 Level3

 Level4

 Level5!

 これで「とある慶次郎の吹書ふんしょ目録」くらいにはなるか?


 と思っている読者のなんと多い事か。

 だが。

 考えてみたまえ。

 あの幼女がこの慶次郎にDEX(器用さ)を与えるとでも思ったか?

 むろんそのようなキャラではない。

 当然の如くDEX1の慶次郎の指弾はことごとく外れる。


「なんということだ。自主トレで指立て伏せしていたら生えてきたスキル指弾。全く役に立たぬではないか」


 それは前もってしっかりと練習するべきものであろうよ。


「しかたない。怖いけどあの軍勢に突撃するか。怖いなぁ」


 加速スキルはいざというときに取っておいて丘を駆け降りる慶次郎。

 はい。御想像の通りつまずいて転んで、転がりアタックをし始めました。

 これだけは見事に命中判定。

 多少DEXが上がったようで何より。


 チャンチャン。




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