今度は偽観音菩薩
十日後。
大胡の御一行様、河越城を囲む約二万人の鎌倉公方と関東管領の軍勢と合流。
大胡政賢は鎌倉公方足利晴氏への着陣を報告した。
夕方、政賢は大胡陣に戻ってきた。
そして自分たちの主を待っていた家臣団に一言。
「ははは。先鋒だって。うちの大胡」
家臣一同顔面蒼白。
只一人、後藤だけは「武士の誉れじゃ~~」と吼えていたが。
「明日は南に接近して来た北条氏康の軍勢と決戦をするって。鶴翼の陣でさ。相手少ないでしょ? だから包囲するつもり」
「ということは先鋒でも、それ程危険ではないかもしれませぬ」
剣聖が皆を落ち着けさせようと、わざと少し明るい声を大きめに意見を述べる。
それで平静さを取り戻した大胡一家。
「……なんだ。びっくしさせるじゃねえか。総員の最先鋒で敵陣へ突っ込むのかと思っちまった……ふぅ」
思いっきり緊張してパンパンに張っていた肩の力を抜いて小さな声でつぶやく慶次郎。
「しかし。何故武士の誉れである先鋒をこのような貧弱な大胡の陣に任せたのであろうか?」
「え~とね。上様、山内上杉憲政さまが何だかすごく怒っていて、大胡に
もちろんあのことである。
慶次郎の米転がしで問い合わせが憲政に行ったのであろう。自分のないことないことを言いふらして、詐欺まがいの商談を全国各地で行い宗教勢力や金融勢力の不興を買った。
そのしりぬぐいが関東管領に行ってしまったのだ。
名誉を重んじる名家の当主がそれを許すはずもなく。
しかし取りつぶす程の権限もない。
だから合戦ですりつぶしてお家を断絶させようという事だ。
まさに疫病神のような慶次郎であった。
再び皆が顔面蒼白になっている中、政賢だけはぴとぴと歩いて慶次郎に近づいて来た。
「ちょっと、慶次ろちゃん。話があるんで~、ついてきてね~。他の人は人払いするからご飯食べてて~」
そう言って陣幕の中へ入っていった。
大胡一家の中で飛び抜けて青い、いや蒼い顔(深緑色です)をした慶次郎がその後をついていく。
まるでこれから死刑台、絞首刑?断頭台?に登るような気持ちであろう。
慶次郎も一応、自分のしたことがこの結果をもたらしたことを理解したようだ。
ここで自分の罪を自覚しないほど常識がずれていないことは褒めてやってもいい?
「ちょ~っと、おいたがすぎちゃったね、慶次ろちゃん。僕達どうしよう? 関東管領様に三万貫文出して許してもらっちゃう?」
むろんそのようなことはできない。
武人の誉れである先鋒を三万貫文で買うというのなら別だが、その名誉を三万貫文で許してもらうなど聞いたことがない。
歴史に名を刻むことはできるであろうが。それも最大限の汚名ですな。
慶次郎が黙ってぶるぶるしていると政賢が言った。
「僕も分かんないので、ちょっとお伺いを立ててみようと思うんだ~」
「……誰にでござるか?」
「実はね。慶次ろちゃんが仕官したころから観音様が僕の周りにいるようになったんで~す」
「か、観音様??」
「うん。みんなは座敷童と思っているみたいだけどね。ご自身は観音様だと言っているんだぁ」
ニコニコしながら内緒話をする政賢。
やはりすっとぼけた殿さまである。
「観音様だけあって色々と教えてくれるんだ。焼酎の無料配布も、君の仕官を承諾するように助言してくれたし、勝手働きも大目に見るようにと言っていた~」
何とも殊勝な観音様。
あ、いや、それは不敬であろう。
菩薩さまである。
ご慈悲の塊。
なんと寛大な存在であろうか!
「じゃあ、お呼びするね。オム・マ・ニ・ペ・メ・フム」
よく知っているな。
観音菩薩のマントラのようである。
政賢が懐から出した観音菩薩像を地面に置き、何度かそれを繰り返すと、妙な現象が起きた。
「呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃじゃ~ん!」
ちょっとパロディが過ぎる出現効果音と共に、白銀に輝く姿が一メートル程の高さに浮かび上がった。
どうやら観音像の目からプロジェクターのような光が出て、3D映像が映し出されているようにも見える。
その観音様の姿は座敷童くらいの大きさ。
そして銀色の光に包まれている。
先程の声はなんだか聞いた覚えがあるなと思う慶次郎。
「うっ、頭が……」とうめきそうだ。
「我を呼び出したのは大胡政賢であるか? それとも大馬鹿慶次郎か?」
「は~い。大胡政賢で~す!」
殿様の抜けた声。
慶次郎は認めたくなかった。
目の前に映る銀色に輝く観音菩薩を騙る存在が、あのツンデレ銀髪幼女(偽)であることを。
「……今度は偽観音菩薩かよ」
「え“え”え“~↑? 何か言うたかなぁ↑、そこな大馬鹿慶太、ではない慶次郎は?」
空中で両手を腰に掛けて仁王立ちしている偽観音×偽銀髪幼女が得意げに顎をクイッと斜め上にあげてニヤリと笑う姿に、癪に障ると共に御同輩がいたことに少しだけ感謝する自分に気づいた慶次郎であった。
この男も内心寂しかったことには驚かされる。
まずは目出たいのか?
これから予想されるドタバタにほくそ笑む、このディスプレイ越しの観測者をさらに観測しているナレーション担当の存在(作者の事です、はい笑)がいるのであった。
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