第2話 ハーレムに住む人々
これは聞いた話を元に再構成したものだ。
Aさんは45歳くらい。独身。都内で居酒屋チェーンやスタンド飲食型店舗などの飲食店を複数経営していた。×2。子供は5人もいた。外見は中肉中背、色白骨太。顔は普通。雄のエネルギーがみなぎっているタイプだから、ちょっと剥げていた。喫煙者。俺が女だったら無理だと思うけど、女性には意外にモテていた。理由は聞き上手だったからだろう。基本的には相手に安心感を抱かせるタイプ。ぱっと見は誠実そうで、×2の男には見えなかった。俺も会ったことがあるけど、明るくて、気さくで、人間的にはすごく魅力的な人だったと思う。
Aさんのマンションは取り敢えず女性限定だった。門限があって、バイトが終わったら直帰することになっていた。人を呼ぶのが禁止で、友達だけでなく親族もダメだった。部屋同士の行き来も控えるようにと言われていた。
角部屋や上層階は人気だから、愛人たちには中層階以下の空いている部屋を与えていた。Aさん的にランクの低い子は1階。1階に住んでいる子たちからは、防犯上「危ない、怖い」と不満が出ていた。
「お前なら大丈夫だろう」
Aさんは笑いながら言った。
「でも、覗きとか、空き巣が怖いです」
「大丈夫だよ。お前みたいな貧乏人から取る物ないだろう?」
1階の子たちは、Aさんから小馬鹿にされていた。1階は空きやすいから、Aさん的にどうでもいい子はそこを割り当てられていた。だから、そのマンションに住んでいながら、運よく愛人にされなくて済んだ子たちもいた。それに、Aさんはタダで貸してやるのは惜しいからと、1階の子たちからは家賃を取っていた。それでも市場の半額くらいと格安だった。マンションだから、一応セキュリティもあるし、専用庭も付いている。個人的には、中年のおじさんの相手をするよりは、1階の方がましだと思うが、そのマンションでは女性扱いされていないことは最も恥ずべき処遇だった。
可愛い子たちは中層階で、家賃タダ。お互いの家賃は知らないけど、優遇されると、その子たちは自分が優れている、偉いんだと勘違いするようになる。私の所には週何回来たとか、あんたの所には最近全然来てないなど、張り合うようになる。
彼女たちも馬鹿で、みなでAさんの寵愛を競っていた。Aさんは部屋に行くと小遣いを与える。一晩一万円。売春にしては安いと思うけど、Aさんと恋愛していると思っている女の子たちには臨時の小遣いだった。さらにAさんに気に入られると、学費も少し出してもらえた。
Aさんは若い子の気持ちを上手くコントロールしてたから、全員がAさんと結婚したいと思っていた。狭い環境で規則に縛られているうえ、意味もなく競い合っていたからだ。全員、自分の彼氏はAさんだと思っていた。まるでAさんは、一夫多妻を実現しているかのようだった。
歴史的に見ても、愛人を持つのは社会福祉的な機能でもあった。渋沢栄一は正妻・愛人の子・養子などで計12人の子どもがいたが、実際は50人から100人ほどいたのではないかと言われている。渋沢栄一の写真を見ると、女性にもてる感じには見えないし、彼の金と地位に惹かれた女性たちが群がっていたと想像する。
女性たちは単に経済力に惹かれていても、Aさんの人柄が好きと錯覚してしまっていた。入居者全員、金がなかったから、将来に不安を抱えて、Aさんに依存してしまったんだと思う。
***
ハーレムの構成員
606号室 有名女子大生の文学部2年生。色白美人の巨乳。目がパッチリしていて整った顔だち。高身長、モデル体型。地方出身者。親が病気で、仕送りだけでは学校に通えない。性格は明るく、サバサバしていて、友達が多いタイプ。
602号室 共学の私立大学2年生。シングルマザー家庭の貧乏学生。アスリート系の美女。毎日ランニングを欠かさない。色黒。優等生。真面目で理屈っぽい。
505号室 19歳。声優の専門学校に通っている。親と不仲で家を出て一人暮らしを希望。小柄でアイドルのような容姿。情緒不安定でメンヘラっぽい性格。
403号室 フリーター。25歳。地方出身者。そこそこの美人。場を仕切るタイプ。性格は意地悪だけど、本人は気が付いていないタイプ。
308号室 国立大学に通う才女。20歳。まあまあのルックス。どこにでもいそうな、普通にかわいい子。勝ち気で面倒臭い女。
205号室 フリーター。24歳。小説家志望でバイト以外は引きこもり。顔はかわいいく、黒髪の不思議ちゃん系。大人しい性格で、コミュ障。
101、103、105、107号室 全員20代。その他大勢。
俺だったら、606号室の子がいい。505号室と205号室はないなと思う。Aさんは606と403がお気に入りだった。毎日誰かの部屋に泊まりに行くのだが、606と403は週2くらいで訪れていた。
***
606号室が入居したのは、大学1年生の時だった。地方から出て来て、昼は大学に通い、バイトするとしたら夜か土日くらいしかない。居酒屋だったら夕方6時から入れる。時給は1200円で、深夜なら1500円だ。終電ギリギリまで働けば結構稼げると思った。美人でスタイルがいいから、イベントコンパニオンなんかをやったら稼げるけど、仕事は平日が多いし、普通のバイトと掛け持ちするとしても、飲食でも週2日だけとなると採用されないことが多かった。就職活動の時困るから、水商売はさすがにやりたくない。
606は面接の時から、かわいさが際立っていた。AさんはどうしてもAを取り込みたかった。
「仕送りないの?」Aさんが尋ねた。
「ちょっとはあるんですけど・・・親が病気で・・・全額はもらえないので・・・」
若い子は不安だからすぐに自分の実情を明かしてしまう。
「そうなんだ。親に負担をかけないように頑張ってるんだ。えらいね。家はどんなとこ住んでるの?」
「アパートです」
「家賃いくら?」
「5万円」
「随分、安いとこ探したね」本当に探すのが大変だったから、606はそれをわかってくれて嬉しいと思ってしまった。
「はい。すごい狭くて日当たりもよくないので・・・」
「そうなんだ~そういう所に住んでると、精神的にもよくないよね」
ネガティブなことを言われてがっかりする606。
「この居酒屋は寮もあるんだよ」
「あ、そうなんですか?」
606は食いついた。
「みんなに言ってるわけじゃないけど、君みたいに頑張っている子には俺も力を貸したいと思うんだよね。実は俺もね、大学時代は仕送り無しでバイトして学費払ってたんだよ。そうなると、あんまり勉強できなくて、成績はあんまりよくなかった・・・今でも後悔してるんだよ。寝ないで勉強しないといけなかったって」
「私も、みんな遊んでる時に、何で自分ばっかりっていうのは思います」
「そうだよね。どう、寮入る?うちは、女の子だけなんだよ。男はさ、うるさいし、タバコ吸うから」
「え~。でも、家賃いくらですか?」
「タダ」
「え?」
606は意外な答えを聞いて笑顔になった。
「君が将来立派になったら、口コミでうちの宣伝してよ。それまでは俺は君に投資するからさ」
「本当ですか?」
美人だけど、それまで男と付き合ったことがなかった606は、疑うことなく寮に引っ越すことを決めた。大人の女性だったら、タダで寮に入るってことは、社長に愛人にされるリスクがあると気が付くだろう。
でも、Aさんにとっては好都合なことに、606はそう取らなかった。
Aさんはよく606がいる店舗を訪ねて来た。それで、いつも「元気にしてる?頑張ってる?勉強どお?」なんてマメに声をかけていた。すっかり心を許した606は、仕事の後に一緒にAさんと飯を食いに行った。もう終電はない。タクシーでマンションまで送るAさん。Aさん自身の部屋もマンションに一部屋あったから、「俺もマンションに泊まるよ。1階に部屋があるから」と言った。
タクシーを降りた所で、Aさんは606にマンションの前で打ち明けた。
「〇〇ちゃん、今日は楽しかったなぁ・・・君がお酒飲むとあんなに明るくなるなんて、意外だった。・・・俺は〇〇ちゃんのこと好きだけど、俺のことどう思ってる?」
「え・・・?」
「あ、ごめん。忘れて。俺みたいなおじさん、気持ち悪いよね」
Aさんは、柄にもなく照れたように言った。
「そんなことありません。嬉しいです」Aを人として尊敬していると思ったから、606はきっぱりとそう答えた。Aさんは独身だし・・・つき合ってもいいと思った。
「俺の部屋、1階なんだけど・・・、寄ってかない?」
真夜中だし、酒に酔って判断力がなくなっていてた606は「はい」と答えた。606はその日、Aさんに食われてしまった。
「困ったことがあったら俺に言いなよ。力になるから」
Aは小遣いをやったり援助を小出しにした。試験前はシフトから外してやるなど、他のバイトよりも優遇していた。606はその時はまだ、その寮がAさん専用の愛人マンションであることを知らなかった。
***
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