四十三話 名脇役
四十三話 名脇役
情けない。この私が、ここまでのヘマをするなんて。
私は二つのミスを犯した。
まず一つ目は、あの魔獣の回復能力を見誤ったこと。後先を考えず、見栄えに全振りしたあの攻撃でかなりの魔素を消費する羽目になったうえ、実質的にそれは無駄打ち。ミスと言わざるを得ないだろう。
そして二つ目。幻影魔術によって近づくあのミリアとかいう女にしてやられ、ギリギリのところで魔素を腹部にこめて防御体勢をとりはしたものの、意識を飛ばされてしまったこと。
攻撃される寸前。なんとか反応できたのはよかったけれど、全身を守る時間はなく衝撃を加えられる部分の最小限な防御しかすることは叶わなかった。おかげである程度残していた魔素もほとんど底をつく結果となる。意識が飛んでいたから分からないけれど、私が倒れていた間に更なるピンチを招いていたりしたらもっと最悪だ。
「ぐぬ、ぐぬぬ……ふんぬっ!!」
視界の先で、魔獣の身体がねじ切れながらツタによる拘束を受け、暴れ続ける。それを必死な様子でユイは押さえ込んでいた。
ユイの身体の半径二メートルほどを軸として展開された、生命操作魔術。種に急成長、引いてはその身体の膨張を促して己が手中に置き、操る。
生意気だけれど、私じゃ真似のできない芸当だ。
「アリシアちゃん、ユウナ君に魔獣が! あっ、相手チームの三人もっ!!」
「分かってるわよ。でも、大丈夫。まだその時じゃない」
私の体内に残された魔素じゃ、あと一撃が限界。発動タイミングを間違えれば────終わる。
「ユウナ•アルデバラン。まさか、アイツに全部を託さなきゃいけなくなるなんて……」
私は、主役の座を降ろされた。
初めての経験だ。
なんでも一人で出来た。一人で、解決してきた。
私にとってこの物語の主人公は私で、他の誰かに主役を譲ったことなんて一度もない。
でも、私はミスを犯した。そして同時に……信じられた。
(なんで、本当に一度も後ろを向かないの……?)
背を預ける、なんてものは、口にするのは簡単でも本当にできることではない。心の底から人を信じるなんてこと、少なくとも私は一度もできたことはない。いや、しようとも思ったことはない。
『あの子、天才だからさぁ。私達なんていらないよ。私達は私達で好きにやろ?』
『アイツ強いだけでイキがって、ほんとキモいよね。は〜あ、きっとお嬢様は私達庶民には考えつかないような特別な訓練でもさせてもらってるんだろうなぁ〜』
嫉妬。私に向けられる感情はそればかりで、もはや仲間はおろか友達と呼べる者すら、私には少ない。いない、ということはないけれど、深く関わるといつか同じような陰口を聞いてしまう気がして。踏み込めない。
私は強い。なんでも一人で出来る。そう言い聞かせて、幼少期は重圧とかイジメとかで何度も挫けそうになったけれど。努力と圧倒を繰り返して、私は″本当の強者″としての立場を手に入れた。
だと言うのに────
「ムカつく。やっぱり、ただの援護なんてしてらんない」
「ええっ!? ちょ、アリシアちゃん!? ユウナ君のこと助けてあげないの!?」
「うっさい! アンタは黙ってここの死守!」
「ひぃん……」
私は、もう主役じゃない。
でも……脇役が主役を喰らうことができないという道理はない。
私は自分の勝ちのため、あの男を利用してやるのだ。裏の主役として、もう一度返り咲いてやる。
「冥府から芽生えし獄炎よ────」
刹那、ユウナにより魔獣二体、敵チーム三人の撃破が達成。しかし微かな魔術の気配を私が感じとったと同時に、その下半身が凍りつく。
(ほら来た。私を輝かせる、最高の瞬間が)
ここが、私に振り当てられた役割。一時的な勝者を生み出し、その傍らで影の活躍者となる。
本当は、この役回りにすら不満はある。しかし私は失敗してしまったのだ。一人で主役を演じきれなかった報いは、受けなければならない。
ならばせめて煌びやかに。美しく。全員の記憶から離れない名脇役として。一度だけ、主役を譲ろう。
「その黒を顕現し、我が身を依代として宿れ」
あの男は、必ず自力で氷を打破する。それは確信にも近い直感。
ならば問題なのは、時間と背後から迫り来る害。それらを一撃で、全て解決させるには。
(入射角は下から上へ。上昇を平行から十四度。あの柱を破壊して、旗を叩き落とす)
私の考えに導かれるように、ユウナは氷から脱出。そして地に這いつくばりながらも、前を向く。
認めよう。この試験における主人公は、間違いなくあの男だ。
もう二度と譲らない。そのために、敗北を刻む。借りも、後腐れも何も残さない。勝利と敗北を同時に手に入れるために、放つ。
「アンタの勝ちよ。ユウナ•アルデバラン」
地面に伏せ、横に倒した弓を限界まで引く。国炎に包まれた矢はキリキリとその矛先を目標へと向けながら、美しく、鈍く。輝いていた。
「終焉の矢(エンド•オブ•アロー)!!」
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