二十七話 新たな仲間たち

二十七話 新たな仲間たち



「はっ。なんで俺がこんな奴らと……」


「あら、奇遇じゃない。今私も同じこと考えてたわよ」


「……おい、てめぇなんつったコラ」


 それからは酷いものだった。


 なんとかミーティングルームに入ってくれたはいいものの、この二人がすぐに言い合いを始めて。すでに険悪な雰囲気の流れるこの空間は、もう同じチームの仲間同士の空気だとは思えない。


「け、喧嘩しないでよ二人とも。僕達まだ自己紹介も出来てな────」


「なんで俺がてめぇ如きと自己紹介し合わなきゃならねぇんだクソが! ぶち殺すぞ!!」


「っ! でも、試験は明日なんだぞ? 対戦相手の情報も知りたいし……」


「おい、いい加減にしろよ。ウゼェなぁ!!」


 レグルスが、僕の胸ぐらを掴みながら叫ぶ。


 彼の事はよく知っていた。まだリヒト達とチームを組んでいた頃、戦ったことのある相手だ。


 剣の実力はリヒトやドーレにも次ぐほどのものなのだが、その協調性の無さから来るチームワークの悪さ、周りとの連携の取れなさで敗北して暴れかけていたのをよく覚えている。


 でも、それもここまでではなかった。きっとこうなっているのは……僕のせいだ。


「お前、リヒトとドーレが死んでからろくに剣も握れなくなった腰抜け野郎だろ。しばらく顔を見なくなっていい加減学園を止めたのかとでも思ってたのによぉ。何急に出てきて俺と同じチームになってやがる。貧乏くじもいいところだ!」


 当然、誰だって僕とチームなんて嫌な顔をするはずだ。ただでさえいつもよりチーム編成の人数が少なくて、一人一人の重要度が増すこの試験。そんな中に一人役立たずが混じっているだけで、ストレスは絶大なものになってしまうだろう。


 分かっていた。僕は腫れ物だ。でも、ここから這い上がらなければならない。少しずつだとしても……認めてもらわなければならない。これは、その第一歩だ。


「それは、本当にごめん。でも僕はここ数ヶ月で修行をしたんだ。剣だってもう握れる。だから、一緒に戦って欲しい!」


「信用できねえっての! てめぇレベルのならいっそ、いない方が────」


「ああもう、うるっさいわね! どんぐり同士が粋がってんじゃないわよ!!」


「……んだと?」


 僕レベルなら、いっそいない方がいい。そう言い放ち顔に拳を伸ばそうとしたレグルスを、赤髪の女の子が遮る。


 僕に矛先が向く前、レグルスといがみ合っていた気の強そうな人。彼女は僕達からの視線を受けると、大きく胸を張りながら言った。


「アンタ、さっき貧乏くじを引いたって言ってたわよね。でも……安心なさい。そのかわりにアンタは、最っ高の当たりくじを引いているわ!」


 むふんっ、と鼻息を荒くしながら高々と宣言する彼女を、僕は知っている。……いや、ウルヴォグ騎士学園の男なら誰でも、知っていて当然の人だ。


「このアリシア•ウルヴォグがいる限り、あなた達に負けは無い! 誇りなさい! 私と同じチームになれた事をッ!!」


 長い赤髪を靡かせる彼女の正体は、ウルヴォグ騎士学園学園長の娘。れっきとしたお嬢様である。

 加えて、魔術の腕はベルナード魔術学園で二番手。いや、クレハさんがいなくなった今もはや右に並ぶ者はいない。実質的に主席のエリート生だ。


 レグルスと共に、どちらもそれぞれ通う学園の一年生トップに匹敵する実力者。普通に見ればとてつもない当たりくじなのだが……本当のところは、決してそんな事はないのかもしれない。お互いに主張が激しすぎて、全くチームになどなれる気がしないからだ。


「はぁ〜? はずれくじはどうやら一枚じゃなかったみてぇだな! 学園長の娘だかなんだか知らねえが、どうせエコ贔屓だろ?」


「ふんっ、なんとでも言うがいいわ。三下らしいお手本の台詞がとても似合ってて響かないけれど」

 本当に話にならない。この二人とチームになって共に戦うなんてことが、本当にできるのだろうか。昇格判断試験に落ちるわけにはいかないのに。これじゃ……


「あ、あのっ! え、ええええとっ……ア、アルデバラン君の言う通り、ですよっ! 勝つために! 強いお二人のために、私達力になりますから! そのために……作戦会議しましょうっ!」


 そんな、どうしようもない空気を変えてくれたのは、最後のチームメイト。彼女は震えながらも必死に勇気を振り絞り、二人のプライドを刺激しない形で作戦会議を提案する。


 彼女とは完全に初対面だしまだ名前も知らないが、もう涙目で相当怯えているのが伝わってきた。しかし意を決し口にしてくれたその言葉は予想外にも二人を会話する気にさせたようで、僕の胸ぐらを掴んだままだったレグルスは足を組みながら。アリシアさんは強いお二人のためにというフレーズが気に入ったのか、満足げに。共に椅子に座ってくれて、ひとまず話し合いの場を設けることに成功した。


「けっ……クソが」


「あ、ありがとう……」


「いえ……その、私も……勝ちたい、ですから」


 彼女が作ってくれたこの時間を無駄にしないためにも、ここで明確な作戦を決めなければならない。そのためにまずは、お互いのことを知らなければ。


「じゃあ僕から自己紹介するから。名前と……あ、女子の二人には得意魔術を教えてほしい。それをもとに、作戦を立てたいから」


 必然的に、僕かもう一人の彼女が作戦を立てることになるだろう。元々リヒト達と組んでいた時も作戦を考えるのは好きだったし、役回りに嫌だとは感じない。男の僕とレグルスは別として、特に女子二人の得意な魔術が何なのか。それを把握すれば、たてられる戦略の幅は大きく広がる。


「僕はユウナ•アルデバラン。きっと悪い意味で知られてると思うけれど……絶対、迷惑はかけないから。これから、よろしく」


 パチパチパチパチ。僕の隣に座る彼女が、小さく手を叩いてくれる。残り二人の反応が無いだけに、そんな少しの気遣いがとても嬉しかった。


 と、僕が椅子に座ると次に順番が来たのはレグルス。一応僕は立ち上がって自己紹介をしたのだけれど、同じ事をする気はないようで。足を組み偉そうにしながら、話し始める。


「レグルス•マテゴライト。話す事は無ぇ。俺に従ってろ雑魚ども」


 パチ、パチッ。明らかに僕の時よりぎこちない拍手をしながら顔を引き攣らせる彼女の顔を見て、僕は小さくため息をつく。とりあえず名前をちゃんと言ってくれただけでも良しとするべきなのだろうか。さっきまで僕に殴りかかってきてた人だし。


「じゃあ、私の番ね! 私の名前はもちろん知ってるでしょうけど、アリシア•ウルヴォグよ! 得意魔術は灼炎魔術を元とした弓矢の生成、攻撃! ユウナ•アルデバランって言ったっけ? ちゃんと私を主役にした作戦を立てなさいよね!!」


「は、はい……ありがとうございます」


 僕は小さく。そして隣の彼女はさっきよりも大きく、褒め称えるように拍手した。それを聞いてアリシアさんはまた胸を張る。褒められるのが好きなのだろうか。


「じゃ、じゃあ次は私ですね……」


 そして、いよいよ僕が一番気になっていた……というか最も常識人な感じがしていた彼女の番だ。

「ユイ•エルスです。えっと、得意な魔術は付与魔術です。剣の威力を増大させたり、身体能力を強化させたりすることができます……」


 付与術師エンチャンターと言うらしい彼女の得意魔術は、人を支援し強化するもの。ユイさんはその心優しそうな性格とまさにマッチしている魔術を使うようだ。


 剣士が二人に、弓矢での(おそらく)遠距離攻撃、加えて僕らの身体機能なんかを底上げしてくれる付与魔術。こうして見ると、意外とバランスは取れているのだろうか。まあ、魔術と人数はだけ見れば、だけれど。


「付与魔術だぁ? はっ、ならそれを俺にだけ使ってろ。そしたらてめぇら全員勝たせてやるよ」

「ふふっ、魔術の手助けが無いと何もできないの?」


「っ! てめぇ……一回泣かさないと分からねえのか? クソ長ぇ詠唱唱えなきゃ何もできない女の分際で」


「剣を振り回すだけの男に言われたくないわよ! 考える脳の欠陥した性別の持ち主が、調子に乗らないで!」


 二人が、睨みを効かせあってまた言い合いを始めた。本当は止めた方がいいのだけれど、もう僕はそっちに関しては諦めている。とりあえず今は、さっさと作戦を決めることに尽力した方がいいだろう。


「ユイさん、一旦あの人達は放っておいて僕達だけで作戦会議を進めましょうか」


「そ、そうですね……。頑張りましょう」


 黒く短いユイさんの髪が、ふわりと揺れる。僕に向けて向けてくる瞳がどこか安心したように柔らかいのは、隣の二人に飲み込まれて何も策無しで挑む事を回避できて安堵しているからか。ともかく僕も、ユイさんがいてくれて本当に良かった。


 それから、僕達は二人で作戦会議を進めた。互いに相手の四人について少しでも知っていることの共有、そしてアリシアさんとレグルスを最も活かせる戦い方の構築。


 特に後者に時間が割かれたが、背後で今にもレグルスが不満を爆発させて喧嘩では済まなくなりそうな雰囲気を漂わせていたその時。ようやく僕達は考えを紙にまとめ、見せる。


「アリシアさん! レグルス……君! 明日の試験、こんな感じで行こうと思うんだけど……どうかな?」


「俺に指図すんな! 紙だけ置いて帰れゴミ!」


「帰るのはアンタよこの脳筋猿! 猿は大人しく森に篭ってなさいよ!!」


 手書きで二枚用意した作戦の書かれた用紙。それをユイさんはアリシアさんを連れながら寮に戻り読んでもらうべく動き、僕はレグルスに嫌われているためなんとか紙だけを渡して。読んでくれると信じて、一人寮へと戻った。


 四対四のチーム戦。いつもより一人ずつチームの人数が少ないことから、おそらく作戦の重要度はいつもに比べて少し低いだろう。だからこれを頭に入れてそれ通りに動く事を前提としては、物事を進めない。




 二人は、実力だけを取れば頭一つ抜けているはずなのだ。今はそこだけを信じて……僕とユイさんは、サポートに徹する。きっとそれが勝つための最善だとそう結論づけて。僕は明日に向けて、最終調整のために修練場へと足を運ぶのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る