十四話 忍び寄る未曾有

十四話 忍び寄る未曾有



「では、これより定例会議を始める。ギュルグ君、議題の説明を頼む」


「はい。畏まりました」


 場所は移り、ウルヴォグ騎士学園。まだ生徒達の出席してこぬ早朝、週に一度行われる定例会議が職員室で行われていた。


 集まっている教師の数は二十八。全員参加を義務付けられているこの会議に参加した面々は静かに各々着席しており、この学園のトップである男、ドレアレス•ウルヴォグに視線をやっている。


 そしてそんなドレアレスに呼ばれたギュルグという名の教師は一人前に立ち、言葉を発した。


「本日の議題は我が校の生徒、ユウナ•アルデバランについてです。およそ一ヶ月に渡り姿を消している彼は、未だ発見されておりません。その件について、解決策を見つけ出すことを議題とさせていただきます」


 アンジェの元で日々を過ごすユウナの現在の扱いは、行方不明者。元々は死ぬ予定であった彼が地下空間へと消えていったことを知っている人物はおらず、その上部屋からは遺書が発見されている。


 その後学校の体裁を守るために彼を探す活動は続いていたが、教師の面々誰もが彼が生きているとは思っていなかった。


「混乱を避けるため、生徒の誰にも遺書の件、失踪の件は伝えておりません。それは彼の親にも同じです。幸い″あの事件″のこともあって引きこもっていると思っている者しかおらず今は隠し通せておりますが、そろそろ公表をしなければならない時かと」


 ウルヴォグ学園敷地内、その外へ出た先の街にいたるまで捜索の手は広げられたが、それでも死体すら見つからないということから未だ確定じみた情報が何もなく、それ故に秘匿的に扱われた情報。その開示をするか否かの話し合いが、これから行われる。


「ふむ。彼のことは私も覚えているよ。事件のトラウマから剣も握れなくなってしまった少年だね。……はっきり言って、″自殺してもおかしくない状況だった″わけだ」


「ええ。その上で遺書も見つかっております。生存している可能性はほぼゼロに等しいかと」


「……はぁ。全く、面倒なことになったものだな。遺書はあるのに遺体は無い、か。ご両親にはどう説明したものか」


 面倒。そう言い放ったドレアレスの言葉は、もはやウルヴォグ騎士学園教師全員の総意と言っても過言では無い。


 実力があり優秀な生徒が学園に顔を出す数が減るというのは不思議な事では無いが、ユウナの場合はそうではない。剣を握る事が叶わなくなり不登校になったうえにその姿を誰も見ないとなれば、やがては不信感が募り始める。いつまでも隠し切れるものではないことは、重々理解していた。


 だがその上で、わざわざ公表をする必要があるのかどうか。隠蔽していた事実がバレて明るみになるよりはマシかもしれないが、自殺者を出したとあれば学園の運営方針を問われる。そうなれば面倒を被るのは他でもないこの職員達なのである。


「確か、捜索はアギト君とヘルエンド君に任せていたね。念のために聞いておくが、もう探していない場所は無いのかね?」


 名指しをされた二人の職員は目線を交わし、やがてアギトという名の片方が立ち上がり、答える。

「はい。学園内はもちろん、秘密裏に街の隅々を調べ尽くしております。我々に黙って実家に戻った可能性も考え母親の元も遠くから観察を続けましたが、戻った気配はありません」


「そう、か。自殺で遺体が見つからないという線で絞るならば、あとは湖の底や森で身体を喰われ……なんてものが想像できるが、自殺にそこまで凝ったことをする必要があるのか。やはり、何も痕跡が見つからないというのは少し妙だな」


 自殺にはさまざまな理由がある。絶望、嫉妬、狂気、愛情、懺悔。死に場所を拘る理由も中には少なくないだろう。


 だが彼の場合は、考えられる可能性は自分だけ生き残った事に加えて戦えなくなってしまった自分自身への絶望。場所選びなんかをするよりも、いち早く死を、という考えに行き着く方が自然だ。


 それ故に、いつまで経っても遺体が見つからないこの状況は不可解でならない。いつの間にか頭の中から除外していた″生存している可能性″が、脳裏をチラついて離れなくなっていく。


 と、やがて全員が沈黙に囚われたその時。一人の男が、声を上げる。


「おい、アギトよ。すべての場所を探したと言っていたが……それは本当か?」


「どういう意味でしょうか? ヴェルド殿」


 彼の名はヴェルド•マグノレス。この学園へは騎士道指導員として送り込まれた、騎士資格を持つこの学園では指折りの実力者である。


「そのままの意味だ。私には一箇所、お主が探していないのではないかと思っている場所がある。その確認をしたいだけのこと」


 標準的な体型でありながらその身には鍛え上げられた肉の鎧が纏われており、四十を超え老いを見せ始める年齢でありながらも弱々しさを一切感じさせない強固な身体。この学園を出て街の治安を守る騎士となってから十数年、常に危険を恐れず使命に身を投じ続けた末の完成形である。


 彼が言葉を発したことにより、室内に緊張が走る。アギトは首元にこれまで感じたことのない汗の滴りを覚えながら、静かに問い返す。


「その、場所とは?」


「災厄の魔女が封印されたと伝えられている立入禁止区域。この学園の地下のその先だ」


「ッ!!?」


 誰も近づかぬ。誰も見ぬ。誰も侵入せぬ。


 この世で最もと言っていいほどこの学園の者達が恐れる場所、災厄の扉。ここに勤める教師であればその言葉を聞いただけで身の毛がよだち、ざわめき始める。


 そしてそれは生徒の間でも同じこと。例えどんな素行不良の者であっても、そこにだけは必ず立ち寄らない。


 なぜならそこからは常に″死の臭い″が立ち込めているから。並大抵の者では例え扉の前まで辿り着けても、確実に地上へと逃げおおせる。


 当然アギトも例外ではなく、地下の捜索はしていてもその扉周辺には近寄ってすらいない。当然だ。所詮は他人である、それも死んだ可能性の高いたかが一生徒のために命は張れない。死は誰もが恐れる、この世で最も人間が忌み嫌うものなのだから。


「いや、まさか……。でも確かにあそこであれば誰も近づかない。辻褄は合う、のか」


「ええ。学園長はその付近には立ち入り禁止の札や表記はしていても、警備などは配置していなかったはずです。自分からそんなところに足を踏み入れる者が現れるなんて、予想もしていなかったでしょうから」


 ヴェルドの推論は、実際に全て当たっていた。それを確証づけられるものはこの場には無いが、ユウナはそうしてアンジェと出会い、今に至っている。事実他の教員もざわめきこそすれ、反論をあげる者は現れなかった。


「だが、もしそれが本当に起こった事実だとしたらまずいな。つまりユウナ•アルデバランの遺体を見つけることは不可能だということだろう?」


 災厄の魔女、アンジェ•ユークレクタス。遡ること八十年前、ウルヴォグ騎士学園上層部によって地下空間に封印された鬼才。ドレアレスの叔父にあたる者が他の者と結託し封印したと言い伝えられている彼女は、今でもなお恐怖の象徴である。


 封印の理由に明確な記載はなく、ただ分かっているのは彼女が他に追随を許さない″最強″とも呼べる魔術師であったこと。そして封印された時の年齢は十五であったこと。それのみが、ウルヴォグ家に残る史実に残されていた。


 常識的に考えれば、年数から見て九十を超えているであろうアンジェに恐れる要素は無い。そのうえ封印の状況を鑑みれば、一年も経たず朽ち果てている可能性の方が明らかに高いのだ。


 しかしそれでも尚恐れ続けられているのは、封印の出入り口である災厄の扉から漏れ出す尋常ではない殺気。近づくだけで悪寒が漂い、嘔吐、失神を促すほどの負の感情が溢れ出ているそこに、近づけた者をドレアレスは知らない。


「私が災厄の先へ行きましょう。アルデバランの死がそれで決定づけられるのであれば、越したことはない。災厄の魔女の生存確認も含めて、ですが」


「しょ、正気か!? ヴェルド君、いくら君でも────」


「不満、ですかな? 私では」


「っ……」


 目を見開き、静かにその身体から覇気を発するヴェルドに、ドレアレスは口を摘んだ。


 不満、などと口にすれば────殺される。そう思わせるほどの凄みと歴戦の風格が、そこには詰まっていたのである。


「分かり、ました。ヴェルド殿、あなたに災厄の扉の調査をお願いします」


「任されました。おまかせを」



 アンジェとユウナの元に、静かに忍び寄る未曾有。その存在を彼女らは、未だ知る由はない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る