七話 空間魔術

七話 空間魔術



 次の日。朝起きて、そこからアンジェさん特製の朝ご飯を食べた。


『ここで、私と共に強くなろう』


 昨日、僕にかけてくれた言葉が、一晩経っても頭の中から離れない。僕はこの人の弟子。ここで、これから強くなるんだ。


「さて、ソワソワしている弟子のためだ。早速強くなるための授業を始めるとしようか」


「はい! よろしくお願いします……っ!!」


 僕の心の中をまた勝手に読んだのか、それとも読むまでもなく僕が期待を顔に出してしまっていたのか。アンジェさんはそう言うと、魔術を使って食べ終えた皿を全て台所に浮かせ、水に浸けてから話を始めた。


「まずは何から教えようか。……いや、その前に空間魔術のかけ直しが先か」


「空間魔術?」


「……ああ、そうか。詳しい説明はまだ何もしていなかったな」


 詳しい説明も何も。僕はまだ大雑把な説明すら受けてはいない。空間魔術、という魔術がどんな魔術なのか、剣しか学んでこなかった僕にとっては根本から分からないのだから首を傾げることしかできないというのに。


「じゃあ空間魔術の説明から始めよう。この魔術は大雑把に言うと、自分とその他をそれぞれ″別の空間″と認識することで時間軸をズラしたり、空間同士の紐付けの切り離しを行い不可侵を強制したりを主な効果とする魔術だ」


「?????」


「安心しろ、どうせお前でなくとも誰も理解などできんさ。何せこの魔術は、私が作ったものなのだからな」


 アンジェさん曰く。彼女が何百年も生きている理由はそこにあるらしい。


 そこから数分間に渡って行われた説明をざっくりと要約すると、アンジェさんはこの家のような空間そのものを自分の領域、その他全てのこの世界に広がっている空間を領域外として、時間の軸を極限まで引き離した。


 その結果、この家の中での十日間がさっきまでいた外の空間の一日。この家から見れば外の世界は十分の一の時間軸で動いていることになるとか。ちょっと常識外れすぎて意味がわからないけれど。


「ひとまず、これが私のかけた一段階目の空間魔術についてだ。理解していなくてもいい。頭には入ったか?」


「は、はい。頭にねじ込まれた感じですけど」


「よし。では二段階目の説明に入ろうか」


 なんでもここからが本題らしく、アンジェさんはこほん、と咳払いをして言葉を続ける。


「今説明した時間軸をズラす空間魔術についてだが、そのままでは全くもって意味がない。たとえ時間軸が変わりこの空間での十年を外の世界の一年にしたとしても、私は十年ここで過ごせば十年分、肉体的に歳をとってしまう。そのまま外に出ても、一年で十歳歳をとった女が完成するだけなのだよ」


 僕は必死で頭を回し、アンジェさんの言葉を理解しようとした。


 十倍時間軸をズラす。つまり側から見れば一年しか寿命を使わずに十年の時を過ごすことができるように見えるかもしれないけれど、そうじゃない。


 この世界で十年過ごせば、身体は十歳歳をとる。ただ外の世界が一年しか時間が経っていないというだけで、結果的には周りよりも十歳年上になってしまう。そういうことだろうか。


「お、意外に頭が回るな。ユウナ、正解だよ。ではその上で、私から問題だ。その十年間、歳を取らずに過ごすにはどうすればいいと思う?」


「え!? え、えっと……」


 やっとの思いで理解がギリギリ追いついているだけの僕に、アンジェさんはさらに追い討ちをかける。


 この空間で過ごす十年間。その間歳を取らずに外の空間に戻る方法……。そんなもの、あるはずがない。


 だって身体は、十年という時を過ごすのだから。その間成長せずに、老いずになんて……それこそ、身体の成長を無理やり止めでもしない限り────


「惜しい、五十点といったところだな。流石は私の弟子、発想はかなり良い」


「う、嘘ですよね? 身体の成長を止めるなんて、いくらアンジェさんでも……」


「ふっふっふ。できる、と言ったら?」


 妄言だ。普通の魔術師の人から出た言葉だったら、何の迷いもなくそう断言できただろう。

 しかし、アンジェさんが相手だと違う。この人なら本当に出来てしまうのではないか。そう、期待させる何かが彼女にはあった。


「本当にできるんですか!?」


「何言ってるんだ。できるわけないだろ」


「……」


 さっきの全部撤回だ。この人ただ凄そうなことを言ってるだけの変な人なのかもしれない。


「おいおい、師匠に向かって変な人とはなんだ変な人とは。別に私はただ″止めることはできない″と言っただけだぞ」


「……でも、それができないなら結局空間魔術の意味って無くなるんじゃないんですか?」


「まあそう結論を急ぐな。この家そのものを空間として行った空間魔術の時間軸をズラすのに十という限度があったように、肉体の成長を遅らせるのにも限界があった。それだけのことだよ。初めて話した時にも言っただろう? 私には無限に″近い″時間がある、って」


 無限に、近い時間。成長を遅らせることにおける限度。止めることはできないと言っただけ。


 つまりは、肉体の成長を遅らせることはできるけど、それは無限ではない。そういうことか。


「百点。それが模範解答だよ。ちなみに私がこの肉体のみを空間として遅らせることができる時間は百分の一まで。ここで百年生きると一歳年をとるということだな」


 百分の一。随分と簡単に言うけれど、要するにこの人の寿命は百倍になっているということだ。


 でも、それが本当ならこの人の明らかに数百年生きている感じの発言の数々にも納得がいく。百年生きてやっと一歳しか歳を取らない身体なのだから、魔女という呼ばれ方をしながらもその見た目が若々しいのも、不思議ではなくなる。


「私がこの空間に封印された時の肉体年齢は十五。そしてそこからここで過ごした年月は八百と四ヶ月三日。今の肉体年齢は二十三だ。年相応の見た目だろう?」


「そ、そうですね。確かにまあ、二十歳くらいのお姉さんって感じですが……って、ちょっと待ってください。その前、なんて言いました?」


 僕の耳には、「封印された」と聞こえた。


 そういえば疑問だった。どうしてアンジェさんが、ここにい続けているのか。空間魔術を使って家ごと時間軸を変えると言ってもこんな地下で誰とも会えないような場所である必要はない。


 それに、シチューを作ってくれた時に言っていた言葉


『ここから出られるのは何百年後、何千年後か分からないからな』


 もしかしてこの人は、望んでここにいるんじゃなくて……ここにいるしかない状況にあるのでは?




「ああ。八百年前、私はここに封印されたんだよ。ベルナード魔術学園で苦楽を共にした同級生達と、ウルヴォグ騎士学園の上層部の人間によって、な」

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