一話 苦しみの、その先で
一話 苦しみの、その先で
「…………」
カーテンの隙間から差し込む日光が、僕の顔を照らす。
だるい上半身を起こし布団をめくると、少し肌寒かった。もう十一月だ。
「早く準備しなきゃ」
水を飲み、味のしない安物のパンを温めて口に入れる。何回か咀嚼して飲み込んでから着替えを始めて、顔を洗い、歯を磨くとすぐに登校の準備は出来上がった。
いつも通りの、ただの朝。これでいい。″人生最後の朝″だからといって、何も時別なことは必要無いのだから。
「行ってきます」
誰もいない、無機質な二人部屋で小さくそう告げて。僕は扉の鍵を閉めた。
ウルウォグ騎士学園。僕の通う学園の名だ。総勢六百人にもなる生徒が存在するこの学園では、僕らは剣の技術と心の在り方を実戦、座学の両面から学ぶ。午前は座学を行い、午後には実戦。そしてこの午後の実戦訓練は、男子のみから成るこの学園と対となるベルナード魔術学園の女子生徒と合同で行われる。
男は剣術、女は魔術。この振り分けは、生まれたときから決まっていることだ。
なぜならこの世界では、魔術を使うための力────魔素を持って生まれるのは女のみ。男は強くなるために剣術を学ぶしかなく、女は魔術を学ぶしかない。生まれたときから、進む道は決まっているのだ。
そんなこの世界で僕は男として生まれ、剣を学んでいた。……今となってはもう、どうでもいい話だけれど。
「なあ、アイツまだ生きてるぜ」
「すげえメンタルだよな。よく顔を出せるもんだ」
一つ、二つ、三つ。歩いていくたびに、僕に向けられる視線の数が増えていく。そのどれもが軽蔑と嫌悪によるもの。この向けられて当たり前の視線にはもう、とうの昔に慣れている。
(それに……どうせ今日で最後だ)
あの日。僕が仲間を、剣の心を失った日。食べられる寸前のところで教員の人たちに助け出されて、僕は無様にも一人生き残ってしまった。
成績優秀者五人に付きまとっていたフンだけが、だ。あの場の五人誰もが、僕より生きるべき人たちだった。
教員からの攻撃を受けながら逃亡したらしいあの化け物に殺されたみんなのことを想い、葬儀では何十、何百もの生徒が涙し……僕を憎んだ。どうしてお前が生き残ったんだ、と。
「っ────」
「よっしゃ命中! 今日はいい日になりそうだ!!」
僕の頭を、大粒の石が揺らす。ジンジンと鈍い痛みとともに額の端が出血し、制服の肩を赤が染めた。
「おいおい、やめとけってぇ。石はもっと小せえのにしとかねえと!」
「おお、しまったつい。まあでも大丈夫っしょ。あの的相手なら!」
「違いねえな! ぎゃははッ!!」
今日はついてないな。いつもはたいがい当たっても肩か背中くらいな彼の石の、それもちょうど尖ったところが額を直撃してしまった。まあ、僕が痛いだけだしいいか。
血のにじむ傷口をハンカチで抑えながら、僕は教室へと向かう。
誰とも会話せず、真っ赤になってしまったハンカチをゴミ箱に捨て、ガーゼで圧迫しながら止血。すぐに出血は止まらなかったが、数分もすると完全に止まり、絆創膏を貼った。
(今日は机も椅子もあるけど……机の中は、触ったらダメか)
大体いつも机か椅子どちらか、もしくはその両方が無いのだが、今日は珍しくそのどちらもが揃っていた。まあ代わりに机の中が画鋲と謎の液体で地獄絵図になっていたけれど。
「じゃあ、授業を始めるぞー。まずは教科書の二十五ページから────」
先生のいないところでは横行する僕への仕打ちも、授業さえ始まってしまえばさっきまでのが嘘だったかのように消える。
全員、真剣に先生の話を聞いていた。剣とはどう在るべきか。どのようにすれば、強く在れるのか。午後の実戦に向けた知識収集を真面目に行っているのだ。
みんなが死んだ直後のクラスの雰囲気は、こんなに落ち着いてはいなかった。悲しみに暮れる人、怒りや憎しみを吐き出せないでいる人。でも今ではそんな人たち全員の鬱憤の受け皿が用意されたおかげで、こうして入学当初のようなクラスに戻っている。
────だがその受け皿は、今日で姿を消す。
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