その剣士、最強魔女の弟子につき。
結城彩咲
プロローグ ただそこに立ち尽くす者
プロローグ ただそこに立ち尽くす者
「は、ぁ……はぁ……ッッ!」
灯りに照らされた、夜の屋外。周りの音を全て遮断されたかのように、僕の荒々しい呼吸音だけが脳内で反響する。
視界の先には、赤く目を光らせ歪な身体で暴れまわる、一体の獣。
────仲間の返り血と肉片にその巨体を赤く染められた、化け物。
「ぐぇ……ぐあぇ……」
「いやあぁぁぁ!? 嘘……なんで、なんでこんなことになるのよ!!!」
学園の帰り道。少し訓練が長引いて、日も落ち切った頃の出来事だった。
寮に戻るまでの、学園の敷地内を歩いていた数分の間の帰り道に、″それ″はいたのだ。
噴水の物陰に身を潜めたそいつによって、瞬きしているうちに友達が二人死んだ。いつも訓練の時組むこの仲良し六人組をうまく取りまとめ、先導してくれたリーダー的存在、リヒト。僕が密かに恋心を抱いていた、容姿端麗で魔術の腕もピカ一だった優等生、クレハさん。
二人は″それ″の大きな爪に薙ぎ払われ、首から上を消し飛ばされていた。
そんな突然襲い掛かってきた災厄に、三人は思考を止めて現状把握もできないままフリーズする。だが一人だけは、違った。
リヒトとは常に剣術の腕で首位争いをしていて、とても優秀な人だった。それなのに僕みたいな軟弱者にも優しくて、このグループに真っ先に入れてくれた人。ドーレという名の彼だけがいち早く現状を把握し、剣を抜いた。彼の呼びかけに合わせて僕は震える手で剣を抜き、僕の背後でアゲハさんとミーシャさんが魔法杖を構える。
剣士であるドーレと僕が前に出て注意を引きつつ、後ろから魔術師の二人が距離をとった場所から魔術攻撃を行う。クラスの中でも優秀だった僕たちの班の、訓練で好成績を残し続けていた陣形だ。普段なら剣士三人、魔術師三人で行うが、どちらも一人ずつ欠けている。しかしとっさに組む陣形としてはこれが最適だったはずだ。
────僕が本当に、剣士として戦えていれば。
僕は動けなかった。目の前で自分より優れた二人を殺した怪物を相手に、身体が無意識に委縮してしまったのだ。
その結果真っ先に詠唱中のアゲハさんが、次はその強靭な牙によって命を落とした。続けさまに殺されそうになったミーシャさんを庇い、ドーレも身体を食いちぎられた。
間一髪のところで助けられたものの、恋仲にあったドーレの血を全身に浴び、絶叫するミーシャさんと、ただ振り返りこの惨状を見て呆然とすることしかできない僕。
何もできなかった。入学して半年間、必死に鍛えた身体も、叩き込まれた剣術も。その全てに意味は無かったのだ。
きっと、最初に死んでいたのがリヒトじゃなくて僕だったら。こんな事にはならなかった。ドーレとリヒトが勇敢に戦い、僕以外の犠牲を出すことなくみんな生き残れたはずなのに。
「こないで!! こないでよ!!!」
仲間が。唯一生きている最後の仲間が、涎を垂らしながら迫りくる化け物に殺されそうになっている。詠唱を必要とする魔術師であり、今戦闘手段を持ち合わせない彼女を救えるのは、僕しかいない。
頭では理解している。今この瞬間に走り出さなければ、ミーシャさんは殺される。それなのに……
「ユウナ君!! 早く助け────」
頭を潰されながら発した彼女の断末魔を聞きながら、僕の膝は崩れ落ちていた
視界の端でミーシャさんが肉塊へと変わり果てていく。ドーレの鍛え上げられた鋼の肉体が、踏みつけられてただの血だまりへと変貌する。その様を見てもなお、僕の心の中には一縷の憎しみ、悔しささえ生まれない。そこにあるのは、心を埋め尽くす恐怖心だけ。
「ぐえひッ。げえ」
ぐちゃっ、ぐちゃっ、と足の裏にこべりついた″仲間だったもの″をレンガの上に染み付けながら、その足音は僕の背後で止まる。
背後の地面から僕の膝を濡らす血と、頭上から眼前に落とされる頭。ドーレの自慢の赤い髪が半分以上むしり取られたそれが、僕の手で握られた剣の刃と衝突して鈍い音を鳴らし、潰れる。
そこまでされても悲鳴の一つすらあげられずに身体を震わせているだけの僕を、″それ″は舌なめずりをしながら品定めをするかのように見つめ、奇妙な鳴き声で小さく何かを発する。
そして血の混じった涎を垂らしながら大口を開け、僕を上から″それ″が包み込もうとした時。爆発音のような大きな音が僕の鼓膜を大きく揺らがせるとともに、意識は闇の中へと沈んでいったのだった。
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