転校することを内緒にして過ごしていたら、そんなときに限ってモテ始めてしまった。みんな可愛くて決められないので、妹のアドバイスを採用して、転校する前に女子たちを家に呼んだら、全員来てしまいました。

若葉結実(わかば ゆいみ)

第1話

 高校二年の春。明日、学校に行ったら転校まであと1ヶ月か……夕食を食べ終わった俺は自分の部屋でベッドに寝ころび、天井を見据えながら、そんな事を考えていた


 ──すると、コンコンとノックが聞こえ「お兄ちゃん、入って良いですか?」と妹が話しかけてくる。


「はい、どうぞ。お入りください」と俺は返事をして起き上がる。妹は「ありがとうございます」と返事をしながら、ゆっくりドアを開けた。


「何だ、このやり取り?」

「さぁ? お兄ちゃん、何で敬語だったの?」

「いや、お前こそ」

「ん……ちょっと真面目な話をしようと思ったら敬語になっちゃった」

「真面目な話?」


 俺がそう返事をすると、妹は部屋の奥へとやってきて、俺のお気に入りのペンギンをモチーフにしたクッションに遠慮もなくドカッと座る。


「おい、ペンギンクッションが苦しいと泣いてるぞ」

「可愛い私に踏まれて、嬉し涙でしょ!」


 妹の清々しい返答に、しばし固まってしまう。確かに妹は可愛い。陰キャラの俺と比べ、中学では男子生徒に大人気らしく陽キャラとの事だ。


 だからって「おま──」と、俺が言い掛けると、妹はギロッと俺を睨みつけてくる。俺は、その気迫に押され、言葉を飲み込んだ。


 妹は急に真剣な顔になると「それより話の続きだけどさ。お兄ちゃんは転校の事……誰かに話した?」


「いや、誰にも話してないしギリギリまで話さないつもり」

「え、何で?」

「だって……誰も悲しんでくれないだろうし、寂しくなるだけじゃん」


 俺がそう言うと妹は困ったように眉を顰めて「もう……またお兄ちゃんはそうやって悲観的になって……幼馴染のあんちゃんなら、きっと悲しんでくれるよ?」


「それは──」


 分かってる。優しい杏ならきっと悲しんでくれる。だから余計に悲しいんだ。それもあって俺は誰にも言えないでいた──俺が黙り込んでいると、妹は痺れを切らしたのかスッと立ち上がる。


「お前は言うの?」

「うん、言うよ。だって後悔したくないもん」

「そう……」


 妹は俺の返事を聞くと、出入り口に向かって歩き出し「おやすみ、お兄ちゃん」


「え? 真面目な話は?」


 妹は足を止めると「お兄ちゃんの反応をみてたら、今日はやめておいた方が良いなって思ったから、やめておく」と言って、手を振りながら部屋を出て行った。


「──なんか気になる言い方だな」


 ※※※


 次の日。英語の授業が始まり、俺は教科書を開く。すると隣の席の方から、消しゴムがコロコロと俺の前の席の方へ転がっていくのが見えた。


 ──直ぐ拾うかも? と、様子を見ていると、飛鳥あすかさんは動く気配がない。気付いてないのかな? 俺は席を立ち、消しゴムを拾った。


 席に座ると飛鳥さんの方に体を向け、小声で「はい、落ちたよ」と話しかけ、消しゴムを差し出した。


 飛鳥さんは落としたことが照れ臭かったのか、頬をポリポリと掻くと「あ、ありがとう」と言って、受け取った。


「うん」


 俺は返事をして正面を向く──意外だな。ストレートロングの金髪に、耳にはいくつもピアスを付けて、いつも鋭い目で黙っているから、ちょっと尖がったイメージの子だと思っていた。でも本当は、素直にありがとうが言える良い子だったんだな。


 ※※※


 授業が終わり、俺は寄り道もせず家に帰る──二階に上がり自分の部屋のドアを開けると、突然「きゃ!」と、杏の叫び声が聞こえてきて、ビクッと体を震わせる。


 杏はペンギンクッションに座りながら、頬を膨らませると「もう! 突然、開けるなんてビックリするじゃない!」


「ごめん」

「次から気を付けてよ!」

「はい……ってここ、俺の部屋だし」


 杏は「テヘッ」と言って、舌を出す。可愛い仕草に見惚れながらも俺は部屋の奥へと進み「──ったく。で、何でお前がここにいるんだ?」


 杏はブレザーのポケットからクッキーの入った透明の袋を取り出し「今日ね。家庭科の授業でクッキー作ったの。だからこれ、あげる」と言って、テーブルの上にポンっと置いた。


「おぉ、ありがとう」

蒼汰そうたには、昔からお世話になってるし、ここ最近、関われてないなって思っただけだから、気にしないで」と杏は円らな瞳を細め、微笑みながら黒髪ポニーテールの横髪を耳に掛けた。


「それを言ったら俺もなのに……ところでさっきから気になっている事があるんだが、言って良いか?」

「なに?」

「杏がキュッと引き締まったお尻で敷いているペンギンクッションなんだが、それいつも抱き枕にして寝てる」

「な!? ななな……なんですって!?」


 杏は俺の言葉を聞いて恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして直ぐに立ち上がる。そして「えっと……よ、用事を思い出したから帰るね!」と言って通学鞄を手に取り、そそくさと部屋を出て行った。


「──ふふん」


 抱き枕にしているのは冗談だ。救出、成功! っと、俺は思いながらペンギンクッションを抱き上げ、頬擦りをする──。


「あ……」


 鼻から女子の良い匂い、頬に温もりを感じ、ふと我に返る。あぁ……無意識とはいえ、めっちゃ恥ずかしい事をしてしまった……。

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