強者に遠吠えを
しーちゃん
強者に遠吠えを
どこにでもある、誰が選んだ訳でもない目に見えない格差。カーストと言われる物は非常に厄介で、人を支配する。非人道的な実験。幾人かの心身共に健康な大学生に看守と囚人の役割どちらかを与える。看守は暴力以外何をしてもいい。囚人は看守役に逆らってはいけない。そんなルールの元で生活をさせる。初めは罰則を囚人に与えるように指示された看守側は嫌がっていたもの、数日経つと彼らは自ら囚人に対して罰則を与え始めたという研究結果がある。心理学の中で自分が強者と思った途端に行動は大胆になる。そんなものだ。だから僕は今日も彼らに媚びへつらう。
僕は決して喧嘩が強いわけでも頭がすごくいい訳でもない。「よ!史也」そう挨拶してくるのは、まさに僕が媚びへつらう相手。杉崎蓮也。皆彼を恐る。遅刻や欠席は当たり前、何度か生徒と殴り合いの喧嘩をして怪我を負わす。つまりは学校一の問題児だ。その上顔がいいから女にモテる。学生の僕らからすると決して逆らえない相手。そんな彼の近くに僕はいた。「今日はちゃんと来たんだ。」そういうと、「あ?まぁな。」その言葉に僕はハラハラする。「やっぱ帰ろうかな」と言い彼が僕を見る。「あ!蓮也じゃん!朝からいるの珍しい」と叫ぶ声がした。「晴輝も珍しいじゃん。」そう2人が話している。僕はこういう時置いてけぼりだ。「大雅は今日来ねぇって」そんな声に僕は我に返る。この3人と絡み始めてから早半年が経つ。母親は「何か雰囲気変わった?何かあった?」と心配している。髪を染め、眉毛を細く剃り、早退が増えた。気が付かない方がおかしい。まぁ、そんなこんなで僕は見事、クラスカーストの一軍に入れたわけだ。「俺帰るけどお前らどーすんの?」そう蓮也に聞かれ「俺は昼までは居るわー」と晴輝が言う。「なんでだよ」と笑う蓮也。「だってさ、今日美咲ちゃんの授業あんだぜ。それは出るしかないだろ」と晴輝がニヤついてる。「史也はどうすんの?」そう聞かれ、「俺も帰ろうかな。」と言う。僕は蓮也の言う通りに動く。「なら、一緒に帰ろうぜ。ゲーセン寄ってこ」と蓮也に言われ同意する。教室のドアを開けると一斉にこっちを見るクラスメイト達。「見てんじゃねぇーよ」と叫ぶ蓮也。さっきまでザワついていたクラスに空気の音が鳴る。僕も自然と態度が大きくなる。カバンを取り乱暴にドアを閉め教室を後にした。初めて学校をサボった日は内心ハラハラし、どこからとも無く湧き出てくる不安に苛まれた。しかし、慣れというのは怖いもので、今では恐怖や不安など何も感じない。僕にあるのは、彼らに嫌われたらという恐怖心だけだ。
蓮也とゲーセンに着くなり適当に時間を潰す。フラフラと歩く僕ら。突然蓮也の肩が揺れた。「痛ってぇな!」そう叫び相手の胸ぐらを掴む。「あぁん?」そう眉間に皺を寄せ歯向かってくる見知らぬ男子高校生。強気な彼らとは裏腹に僕の心臓はビクついていた。今にも殴り合いが起こりそうで生唾を飲む。すると「君たち!そこで何している!」と叫び警官が走ってきた。「覚えとけよ」とまるでドラマのようなセリフを吐いて相手は逃げていった。ほんとにこんなセリフ言う人いるんだと少し感心してしまう。そんな僕を他所に「大丈夫かい?君たち高校生かな?」そう尋ねる警官を無視し蓮也は歩いていく。「おい!君たち!」と彼らが叫んでいるが追っては来なかった。僕はホット胸を撫で下ろした。「蓮也、大丈夫か?」顔色を伺う。「あ?うるせぇーよ。」苛立ちが抑えられない蓮也は物に当たり散らす。こんな時僕は蓮也の様子を見ながら合わせるしか出来ない。しばらくして、僕らは別れ帰宅した。「史也!また学校サボったの?」とお袋のデカい声が聞こえた。「だったら何?」そう言うと「学校もタダじゃないのよ!いつもいつもどこに行ってるの!」そんな怒り心頭なお袋に悪態をつき、部屋にこもる。僕の立場なんて何も知らない奴らの無神経な言葉に苛立つ。どうせ、親に僕の気持ちなんて分からない。昔には戻りたくない。苛立った気持ちのやり場がなく、部屋を出て僕は愚痴愚痴と文句言うお袋をよそに家を出た。
外に出たはいいが行くあてがない。フラフラ歩いているうちに酔ってるのか騒がしい声がした。苛立って事もありつい感情が零れる。「うっせーな。」声に出した途端我に返る。恐る恐る彼らに目を向けると、何もなかっかのように騒ぎ続けてる。僕はホットした。情けない。苛立ちをぶつける勇気すらない。1人になると昔と変わらない自分に嫌気がさす。
翌日、お袋に叩き起され無理やり学校に連れていかれた。教室に入るなり皆が僕を見た。少し静まり返ったが直ぐに騒がしくなる。自分の席に座った。そしてまたドアの開く音がした。一気に静まり返り彼の動きを怯えたように見る彼ら。僕はその度思い知る。自分の立場を。結局彼には勝てない。「蓮也くん!おはよー!」とクラスで派手な女子が話しかける。カーストが高いやつはだいたい顔がいい。蓮也も例外ではない。ギャル達と適当に会話をする彼。すると「あ、あの。杉崎くん。これ、先生が渡してって。」とオドオドと学級委員の松井さんが蓮也に言う。「あ、サンキュ〜」と軽くいい笑いかける蓮也。そんな彼に顔を少し赤らめ頷いた。席に戻った彼女を見つめるのは僕だけではない。「きも。」「調子乗ってんだろアイツ」そう口々に言うギャル達。女ってこういう時本当に怖いと思う。その日から松井さんは明らかに彼女達の標的になってしまった。高校生のイジメは陰湿だ。可哀想だなと彼女に同情する。それから数ヶ月、蓮也達は全く学校に来なくなていた。そして松井さんも徐々に学校を休むようになり、結果不登校になった。
「何か知ってることがあれば書いてくれ。先に言っておくが、イジメを行った人間は1番最悪だが、黙って見ていた奴らも同罪だ。真剣に答えるように」担任の小崎が叫ぶ。僕の手元に置かれた紙に目を向けた。ここに本当の事を書くやつは居るのだろうか。書いたらバレてしまうのか。そんな事が頭を巡り心拍数だけがあがる。緊張が僕を圧迫させつづけた。皆周りを伺うような目。落ち着きのなさがクラスの空気を壊していく。イジメられる人にも原因があるとか言うけど実際のところは分からない。でも、これだけは確かだ。皆何かに怯えている。イジメられた奴も、イジメを黙って見ている奴も、イジメてる奴らも。数には勝てない。同調圧力ってのいつも僕たちを取り囲む。自分を守るために見て見ぬふりをした。言わば正当防衛。なのに、僕らは皆共犯で、大人達に責められる。大人になると子供の気持ちを忘れていくのだろうか。アイツらも同じ事を思い、怯え、守り生きてきたはずなのに、何故僕たちの気持ちを理解出来ない。そんな苛立ちと虚しさが僕を襲う。先の見えない『将来』僕は1人で歩いて行けるのか。強者に媚びへつらう事でしか自分を保てない。誰かに認められていないと前すら見れない。そんな僕に何が出来るのか。そんなことを考えても時は止まってくれない。僕を嘲笑うかのように過ぎていく。悔しい。悔しくて言葉にも出来ない。怖い。怖くて希望や夢なんて持てない。
気がつけば僕は大人になっていた。やりたい事も希望も夢も見つからないまま、サラリーマンになった。親は安心していた。それでいいかと最近は諦めがついた。大人になって分かった。皆僕と変わらない。何者でもない。ただの凡人だ。「昔俺はやんちゃで」と語る同僚も、「俺が学生の頃なんて喧嘩ばっかりしていた」と下品に笑う上司も皆今は同じ場所で社会に属し、ある程度のルールに従い生きている。その事実だけが僕に安心をくれる。会社の食堂で流れるテレビ。ニュースを聞いた途端心拍数が上がった。『本日、詐欺の疑いで杉崎蓮也容疑者が逮捕されました。』蓮也。。。あのころ強くてカッコいいお前に僕は憧れて、そして怯えてた。強さって何で決まるんだろう。力かお金か。そんなの今の僕には分からない。だけど今の僕は強さにこだわらなくても生きていける。1人でも前に進んでいける。
何者にもなれない僕は僕でしかない。例えそれが、負け犬の遠吠えでもいい。
強者達、あなたは本当に最強ですか?
強者に遠吠えを しーちゃん @Mototochigami
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