第23話 ずるい
「優太……」
真志がその名を呟く。優太が公園の入口に立ち、静かにこちらへ視線を送っていた。いつからそこにいたのだろう。全く気がつかなかった。
優太はゆっくりと、三月たちの方へ近寄ってくる。
「真志。中山さんに、僕のこと話したんだね」
「ああ――話した。まずかったか?」
「いや、いいんだ。ちゃんと……説明した方がいいと思ってたから」
優太は首を横に振る。そして視線を三月に向けた。
少し眉をひそめて、困ったように微笑んでいる。
彼の笑った顔を見るのは久しぶりだ。けれど彼女は、その笑顔を見ても少しも幸せを感じなかった。
「あの時はごめんね、急に帰ったりして。それと、君のことを避けたりして。僕の夢の話、驚かせちゃったよね。信じるかどうかは中山さんの自由だけど、僕は真志が話した通り、そういう体質なんだ」
「わっ、私! 信じてます、ちゃんと!」
三月が腰を浮かせながら言うと、優太は少し安心したような顔をして、ありがとうと呟いた。
ちゃんと目の前にいるはずなのに、三月はどこか彼の存在を遠くに感じた。
まだどこか、拒絶されているような。
「なら、分かってくれたよね。僕には近づかない方が良いってこと」
「そんな……どうしてそうなるんですか!?」
叫ぶように言って、三月は立ち上がった。
彼の顔は、異常なほど青白い。そんな彼が寒々しい光景の中に立っていると、ほんの少し触れただけで消えてしまうような儚い存在に思える。
優太は、少し怒ったように眉を上げた。
「だって、僕の傍にいたら僕の夢がうつっちゃうんだよ? 僕が見る夢の中には……比べるなんて失礼だけど、あの女の子よりももっと悲惨な、辛い夢だってある。僕は慣れてるから平気だけど、そんな辛い想いを中山さんにまでさせたくないんだ」
「私なら平気です」
根拠はなかったが、三月はきっぱりとそう言いきった。
とにかく、優太と離れたくない。それに三月だって、優太だけに辛い想いをさせたくなかった。
三月が自分の気持ちを伝えようと口を開く。それより早く、優太が言葉を発した。予め用意していた回答をなぞるように。
「さっきも言ったけど、僕は自分の頑張りで誰かが笑顔になってくれるのが嬉しくて、だからどんなに辛くても頑張れたんだ。それなのに、僕の夢のせいで苦しむ人がいる。そうでなくても、僕のこの力のことを心配して、心を痛める人がいる。そんなの耐えられないんだよ。ましてそれが身近にいる大切な人だったら……なんのために僕は頑張ってきたのか、分からなくなるから」
優太は口角を上げて笑い、軽く頭を下げた。
「だから、ごめんね?」
三月は奥歯を噛みしめて、下を向いた。
こんな時でも柔らかく優しい、優太の声が聞こえる。
「とにかく、ちゃんと理由が話せて良かった。それじゃあ中山さん。僕のことは気にせず、元気でいてね。僕、君の笑顔が、好きだからさ」
「せ、先ぱ」
慌てて顔を上げるが、優太は三月から背を向け立ち去っていく。
走っているわけではないのに、その背中を追いかけられない。呼び止めることができなかった。
自分のことで悲しい想いをする人を見るのが辛い。あんな風に言われたら、こちらは黙るしかない。
優太はやはり優しい人だ。どこまでも、こんな時でも。
「ずるい……」
三月は呟いて、両手を胸の前で握りしめる。
「先輩は私を、夢の中でも現実でも元気づけてくれたのに、どうして私には心配することすら許してくれないんですか。そんなの、不公平です。ずるいじゃないですか」
その言葉をぶつける相手はもういない。それでも言わずにはいられない。
目から涙が溢れてくる。悲しいから泣いているのではなかった。
これは、悔し涙だ。
「それで。お前は、あれで納得したのか?」
真志だ。三月は涙を手の甲で拭って、彼の方を見た。彼は優太が立ち去った方へ視線を固定したまま、三月に問いかける。
「アイツがお前を避けた理由は、分かっただろ。それで、納得したか?」
考えるまでもなく、三月は大きく首を横に振る。
「納得なんてしてません」
上手くはぐらかされたような気がする。まだまだ言いたいことも、聞きたいこともあるのに、優太はそれを言わせてくれなかった。
あれで終わりになんて、絶対にしたくない。三月は目に力を込めて真志を見た。
真志は何度目かの溜息をつく。しかし、こちらを向いた彼の口元は緩く弧を描いていた。
「アイツに言いたいことあるなら、全部言っちゃえよ」
真志の柔らかい笑顔なんて、始めて見た気がする。
三月は真志のことなんてよく知らないのに、こちらが彼の本物の笑顔なのだと思った。
「直接会えないなら電話でも良い。電話が通じないならメールでも良い。それでも駄目なら、手紙でも何でも良い。とにかくお前の気持ちがまとまったらで良いから、お前の言いたいこと、ちゃんと優太に伝えてやってくれ」
彼にそんなことを言われるとは思わず、三月は目を丸くした。
公園の入り口の方から子どもたちの甲高い歓声が聞こえてくる。近所の子供たちが公園に遊びに来たのだろう。
その声を合図したように、真志はベンチから腰を上げた。
「――子どもは風の子だな」
そんな全く関係のない言葉を呟いて、真志は公園から出て行った。照れ隠しだったのかもしれない。
三月はコートの裾を握り締め、頬に残った涙を乱暴にぬぐった。
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