第2話②

「…ママ?」


スマホをテーブルに置いて、嘉代子は小さくため息をつく。


すると、8歳になる娘の加奈子がリビングにやってくる。


「加奈子。」


「パパ…来てくれるって?」


おずおずと自分に問いかける娘に、嘉代子はニコリと笑ってみせる。


「うん。楽しみにしてるって。パパ、京都のお土産…いっぱい買ってきてくれるそうよ。」


「ホント!!?」


「えぇ。だから、ピアノの練習、頑張らないとね。」


「うん!頑張る!!」


練習してくるねと、別の部屋に駆けていく娘を見送りながら、嘉代子はふと…真嗣が離婚を切り出して来た夏の日を思い出す。


「(離婚して欲しいんだ。嘉代子さん…)」


その日は夏休みで、加奈子と一緒に那須の別荘で過ごした帰り道だった。


後部座席で娘を寝かしつけていた自分に突然そう告げると、真嗣は更に続ける。


「(慰謝料も養育費も、できる限りのことはする。だから、別れて欲しいんだ。)」


「(なんで…急にそんな…)」


「(急じゃないよ。ずっと…2年くらい前から、考えてたんだ。僕、もう…嘉代子さんや加奈子と一緒にはいられないって。)」


「(女?)」


「(違う。不貞行為は、一切ない。でも…)」


キッと、赤信号で車が停まったので、真嗣は切なげな表情で、嘉代子の方を向く。


「(僕、ずっと好きな人が…いるんだ。棗…藤次って言うんだけど…)」


「……あれから、もうすぐ1年、か。」


呟き、サイドボードに置かれた、最後となった家族旅行の写真を眺める。


結局、自分は男にはなれないと言う結論に達し、嘉代子は調停の末離婚に応じ、全てが片付くと、真嗣は藤次の元へ行くと告げ、横浜から…自分達の前から姿を消した。


「ホント、笑っちゃう。私、あんな男に負けたんだから…」


自嘲気味に呟き、スマホの待ち受け画面…結婚式の写真を見つめる。


「(真嗣、結婚おめでとうさん!)」


それは、披露宴の2次会だった。


散々酒を呷ったにも関わらず、平気な顔でシャンパン片手にやってきた藤次に、真嗣は駆け寄る。


「(藤次!ありがとう!聞いたよ、ご祝儀も弾んでくれたって!)」


「(そらそやろ!1番の親友やもん。せやけど、意外やったわぁ〜)」


「(なにが?)」


不思議そうに首を捻る真嗣に、藤次は悪気ゼロの表情でこう宣った…


「(真嗣が熟女好みやなんて、ホンマ意外やったわ。ワシてっきり、お前は年下可愛い系が好みやと思っとったから。)」


いや、それはワシか〜と豪快に笑い、真嗣の肩を叩く藤次だったが、その場にいた誰もが凍りつく。


10歳以上歳の差。嘉代子が一番気にしていた事を、ズバリ本人の前で言ったのだから。


しかし、真嗣の言葉が、その場の空気を和やかなものに変える。


「(歳なんて関係ないじゃん!僕は、バリバリ働いてる嘉代子さんを尊敬してるし、愛してるから。)」


「嘘吐き…」


写真の中で無邪気に笑う元夫に小さく毒付き、嘉代子はまた、小さく溜め息をついた。


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