第二十三話 改変すべき螺旋の赤色
戦闘はあっさりと終結し、広間に静寂が戻る。
三者と三者、パーティ同士の争いは、ひとりのタカイジンの
タカイジンという異世界から来た人間が宿す能力が、どれほど強力かこれ以上なく示す結果と言えよう。
床面を侵食した泥沼は、ラクトの意思で消すことができた。シンジュやコハクも解放される。
まず、ラクトたち三人が、誰の指示でどういう目的があって襲って来たのかを聞き出す必要があった。
しかしいくら詰問しても三人は口を閉ざし、なにも答えない。ならば体に訊いてみましょうと指でも切り落とす拷問を始めかねないコハクの冷えた無表情をなだめながら、永一はひとまず全員で迷宮を出ることにした。
こちらとしては、特に恨みがあるわけでもない。無暗に敵対せず、落ち着いた場所で一度テーブルに着いて話ができれば……。
そんな考えだった。
「あ……あれは」
しかし、それは甘すぎたのか。迷宮を出てすぐ、地平線に沈みゆく夕陽の赤に焼かれる街から歩み来る人影に、ラクトは力なく呟く。
背の高い男だった。茶色いコートを着込み、以前会った時は気が付かなかったが、よくよく見ればその下に小ぶりな剣を佩いているようだ。
夕暮れの向こうから夜が遅々としてやってくる。迷宮の周囲には誰もいなかった。ほかの冒険者たちも、あるいはあの男が追い払ったのか、周りのどこにも見当たらない。
「ふむ、これは……どうやら、うちの冒険者が粗相を働いたらしい。心より謝罪しよう、申し訳ない」
「アワブチ……昨日ぶりだな。あんた、偶然にしては出来すぎなタイミングで現れるじゃないか」
「なに、様子を見に来ただけさ。踏破を謳う冒険者ギルドのギルド長が迷宮に来るのは当然だろう? それより君はずいぶん噂になってるようじゃないか、39階層を解放したエーイチ君」
「ああ、今日もあんたらに代わって迷宮攻略させてもらった。それで、なぜか後ろからギルドの人間に襲われたけどな」
「まったく恐ろしいことだ、ギルドの人間でない者が成果を出したことをよく思わなかったのかもしれない。ギルドを思うがゆえの行動だろう。だが許してくれとは言わないさ、ラクト君はこの場で追放とする。煮るなり焼くなり好きにすればいい」
「……なるほど」
あくまで、ラクトたちが独自に起こした凶行。そういうことにしたいのだと、永一は即座に意図を理解した。
だが不自然だ。仕事なのだとラクトは確かに漏らしたし、昨夜の恨みがあるラクトはともかく、戦斧を担ぐフキジや見習い魔術者のリンシーまでそれに付き添う必要性はない。
つまり、指示を出したのはアワブチだ。アワブチが永一たちを殺そうとした。
ここへは、その成果を確認しに来た。手筈通り、永一たちがラクトに……もしくはもっと楽に、ボスに潰され殺されていることを。
それで目論見が失敗しているのを悟り、さながらトカゲのしっぽ切りのように責任の所在をラクトに押し付け、切り捨てようと言うのだ。
「ちょっ……ちょっと待ってくださいよアワブチさん! 追放だなんてそんな、おれはあんたに——」
「なんだ? 俺の決定が不服か?」
「ひっ……い、いや、そんなつもりじゃ……」
「行く当てのないタカイジンのお前をギルドに拾ってやったのが誰か、思い返すまでもないだろう? それとも、恩を捨ててまで俺に言いたいことでもあるのか?」
「……っ。すいませんでした」
あれだけ傲岸だったラクトはひどく委縮している。フキジもリンシーも、ギルド長であるアワブチに対し恐れの表情を張り付けながら押し黙る。
ずいぶんと慕われているようだった。
もちろん皮肉だ。
(ホシミダイに来てすぐ、話しかけてきた時はただの親切な男に見えたが……そうでもないらしいな、これは。こっちが本性か)
今やアワブチの黒々とした瞳には、氷のような冷酷さだけが浮かんでいる。同じギルドの一員であるラクトたちを切り捨てることに対する良心の呵責など、微塵も感じていないかのように。
昨日、初対面の時はそれなりの好印象を抱いていた永一だったが、今この光景を見ればそれは容易く覆された。
思えばシンジュやコハク、アテルはギルドに対して不信的なところがあったし、パードラも去り際に警句を残していった。
冒険者ギルドには気を付けろ、と。
「だが、解せないな。なんだってオレたちを始末しようとした? ギルドに所属していない人間が迷宮を攻略すると、面目が立たなくなるからか?」
「だから俺は関与していないと言っているだろうに。しかしそうだな、ひとつ教えてやるとすれば——俺は、ギルドは。そもそも迷宮の攻略を望まない」
「……は?」
思わず永一は訊き返す。
迷宮の攻略を望まない。その言葉は、魔物討伐のため派遣され、また螺旋迷宮の核を破壊することが目的なのだと言った先日と矛盾していた。
「無論、ギルドにも体裁というものがある。表立っては言わないし、迷宮を攻略し続けているというポーズは取らなくてはならない。だが、俺たちとしては螺旋迷宮を踏破するわけにはいかない」
「どういうことだ! シンジュやコハクと同じように……核を破壊し、螺旋迷宮を殺すのが冒険者ギルドの目的じゃなかったのか!?」
「思いのほか察しが悪いな。それだと、この世から魔物がいなくなってしまうだろう?」
「————。お前」
根送論。螺旋迷宮の根から、世界の各所に魔物が送られている。
アテルから聞いたその事実が、眼前の男の言葉と重なり、かちりと歯車が合わさる。
「お前は、魔物が根絶されてほしくないってのか」
「ああ当然だろう、エーイチ君。なにせ——俺たちは魔物を殺すのが仕事なんだぜ」
冷酷な表情に獰猛さを乗せて。我が意を得たり、とアワブチは歪んだ笑みを浮かべた。
シンジュとコハクは、魔物を生んで世界中へ送り出す螺旋迷宮そのものを殺すことで、間接的に魔物への復讐を果たそうとしている。螺旋迷宮が死ねば魔物を生む機能も死に、世界から魔物がいなくなるはずだからだ。
しかし。それは、魔物の討伐を生業とする冒険者ギルドにとって、退治すべき対象がなくなることを意味した。依頼がなくなれば、当然報酬もなくなる。
「タカイジンである俺がギルド長になってまず初めに着手したのが、各地に冒険者を派遣するシステムの確立だ。今やギルドの収入はその報酬が主となり、日増しに戦力を増強し続けている! 螺旋迷宮が死んで魔物がこの世から消えてしまえば、俺たち冒険者ギルドは意味を失い、金も入らなくなる。だから迷宮は殺させない! 簡単な論理だ」
「二言目には金か! お前がいつの時代の日本から来たのか知らないが……いいか! 俺たちの元いた地球では怪獣災害って呼ばれる、この世界の未来の成長した螺旋迷宮から魔物が送られる災害が起きてんだよ!」
「はっ、そんなことは承知の上だ。俺は14年前……2050年の日本から転生してきた。怪獣災害で荒れた世界など、よく知っているさ。おそらくは君以上にな」
「な……」
それは永一がいた日本から、28年も先の未来。
永一の時代からさらに進み、激化する怪獣災害にやがて各国が疲弊し、対応できなくなり、なすすべなく破壊と荒廃が進んだ世界——
そんな死の大地から、この男はやってきたのだった。
「なら……お前は、螺旋迷宮を殺して俺たちの世界を救おうと、思わないのか」
「まったく思わないな。今や自分のいない世界のことを救ってどうなるって言うんだ?」
「どうなるかだと!? わかってるのか、大勢のひとを見殺しにするのと同義だぞ、それは! あの災害さえ根絶できれば、どれだけの命が救われるか……!」
「知ったことじゃないな。それよりも、なるほど。君はそれが目的なんだな。螺旋迷宮を殺し、今この場から見た未来の地球に起こる怪獣災害をなくす。言ってみれば——未来改変か」
今このラセンカイにいる永一たちから見た未来の世界。そして、女神パードラの手によって転生させられる前、元の世界にいた時点から見た過去。
そこを、改変する。
螺旋迷宮を殺すことで、怪獣災害を止め——
多くのひとを救う。
母を。父を。……姉を。
幼馴染の家族を。
「……そうだ。この異世界転生はタイムスリップでもある。なら、螺旋迷宮を殺すことで地球への干渉が起きないようにすれば、怪獣災害も起こらないはずだ」
「こちとら異世界で14年も過ごしたんだ、とっくに同じことを考えたさ。その可能性は十分にあるだろう。俺にとってはさっき言った通り、関係がない以上どうでもいいがな。しかし合点がいった、それで君はそこの姉妹の復讐に加担しているわけだ」
取り戻せないものを取り戻す。
それこそが、あの路地でパードラの話を聞いて永一が抱いた望みだった。
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