第七話 迷宮攻略法

 永一たち一行は先へ進み、迷宮の奥を目指す。

 分かれ道にぶつかったのはすぐだった。


「どうしたもんか」


 わかりやすいY字路。枝分かれする先は、見た目はさして変わらなかった。

 ゴールである扉がどこにあるかわからない以上、迷うだけ時間の無駄というのはわかっていたが、それでもつい足を止めて迷ってしまうのが人情だ。

 右か左か、決めかねる永一。そこへ、姉妹がどこか自信ありげに顔を向けてきた。


「エーイチ様。このシンジュ、僭越ながら迷路における絶対の攻略法を存じております」

「わたしも……旅先で偶然にも知り得ました」

「絶対の攻略法? なんだ、やけに言い切るじゃないか、ふたりして。そこまで言うなら聞かせてくれ」


 表情に乏しいコハクはまだともかく、シンジュはもう言いたくてたまらないといった顔をしていた。

 なので永一は、とりあえず聞いてみることにする。


「はいっ。ふふふ……簡単です、迷路の片側の壁に手を当て、そのまま進んでいくのですっ。どんな分かれ道にも目もくれず、壁に沿ってひたすらに!」

「すると…………間違えた道を選んでも……ぐるりと回って引き返すことになり……」

「いずれは正解の道にたどり着く、というわけです。どうでしょうかエーイチ様っ、この画期的な方法!」

「どうって言われてもな」


 姉妹息ぴったりに、身を寄せて永一に講釈する。自慢げに瞳を輝かせる様は、珍しく年相応でもあった。


「……つまり、名をつけるならば——」

「そうです、これこそが——」


 対する永一はなんとなく結論を察し、どう言ったものかと思案する。

 そんなことを露知らず、シンジュとコハクは一度もったいつけるように息を吸い、声を合わせてその『絶対の攻略法』の名を告げた。


「——左手の法則!」

「——右手の法則……!」


 せっかくタイミングまで合わせたのに、いちばん肝心なところがバラバラだった。


「それ、スタートとゴールが外周に面してなきゃ使えないぞ」

「えっ!?」

「え…………ッ」


 そして現実に適用するには穴のある理論なのは明白だった。

 左回りだろうが右回りだろうが関係ない。広間のゲート、石の門と同様のものがあるのだとすれば、あれは壁に面していなければならないなんてことはないだろう。扉の見た目をしていても、やっていることは一種の転送装置だ。

 コハク自身、くぐった時に『純粋な瞬間移動』と評したのを思い出しでもしたのか、はっと虚を突かれたような顔をする。

 ここは紙面の迷路ではなく、魔物ひしめく螺旋迷宮。


「高低差もあれば、道が途切れることもあるかもしれない。結局肝心なのは、迷わないように通った道を覚えておくことか。メモでもできれば一番だが」

「あ——でしたら、ワタシたちが覚えておきます。道を覚える程度のことであれば造作もありませんっ」

「ん、そうか。なら……いや、うーん。でもなぁ」

「あれれ、さっきのやり取りでエーイチ様の信頼度が著しく低下してしまったような気が……」

「……姉さんが……左手って言ったから……ッ」

「一応言っておくがそこじゃないからな、コハク」


 しかし汚名返上の心意気もあるのか、覚えられると豪語するものなので、永一は二人に道順の記憶を任せることにした。

 でも念のため自分でもなるたけ覚えておこうと思った。


「足を止めるだけ時間の無駄だ。行こう」

「それでエーイチ様、結局のところ左右どちらへ?」

「どっちでもいいけど、右だ」

「…………やった」

「み、右……エーイチ様、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「どっちでもいいつっただろうがっ」


 大人びたようでいて案外子どもっぽいところもあるのか、シンジュはまだ納得できかねる様子。頬を膨らませ、顔に不服さが表れていた。

 永一は、はぁと息を吐いて振り返り、直感の理由を説明してやる。


「強いて言えば。頭の中でクラピカが言ったんだよ——右を選べってな」

「…………。誰?」



「『血を巡るもの。力あるもの。形を成し、打ち付ける杭となれ』——斜月。……近寄らないで、醜い魔物」


 二本足の、小人じみた魔物を黒々とした杭が撃ち抜く。その魔術行使の隙を突き、黒い鱗の大トカゲがコハクへと迫る。


「させるかよ」

「ガァ——」


 それを体で防ぐ永一。体当たりを受ける形になり肩に噛みつかれながらも、クナイを喉元に押し付ける。長い尾を叩きつけて抵抗を試みるトカゲだったが、喉を一文字に切り裂かれて絶命し、塵となった。


「ふぅ」


 視界の端で、緑がかった肌をした小人の魔物——ゴブリンが、シンジュに止めの斜月を喰らっていた。それを確認し、永一は息をつく。

 魔物と遭遇するのも何度目だろうか。少なくとも、迷宮を探索し続けて四時間くらいは経過したはずだ。


「助けていただき……ありがとうございました……エーイチ様」

「気にすんな、行動をともにする以上当然だ」

「ワタシからもお礼申し上げます。あ、魔石の回収してきました。エーイチ様がお倒しになられた魔物のものは……ええと、どのあたりに」

「ああ、ちょっと待ってくれ。えーっと」


 言いながら永一はクナイを自分の喉に差し込んだ。



「ひええっ」

「あったあった。ほら、これだ……シンジュ?」


 シンジュは口に手を当て、わなわなと細身の体を震わせていた。どうかしたのかと、永一はクナイを持つ方とは逆の手で、トカゲの落とした黒い石を拾いながら尋ねる。


「エ、エーイチ様、会話の途中にいきなり自殺をするのは止めていただけないでしょうか……少々ショッキングすぎますっ」

「あ、ああ。そうだな、すまん。つい……ほら、肩のところ噛まれちまったから」

「わたしも…………ちょっとびっくり……でした。ですが……転生して初日だというのに、転生特典ギフトを十全に使いこなしていて……エーイチ様はすごいです」

「使いこなしすぎですよぉ、片手間に死なないでくださいっ。口から心臓が飛び出ちゃうかと思いました」


 まだ驚きが残っていると言いたげに、平坦な胸をさする。


「——。今、胸小さいって思いました?」

「魔石も拾ったし、先に進もう。時間はいつだって有限だ」

「誤魔化そうとしてます?」

「時間はいつだって有限だ」

「エーイチ様?」


 先へ進む。

 迷宮ではなにが起こるかわからない。魔物がいるという面でもそうであるが、罠のようなものが張り巡らされていることもないとは言い切れない。

 ゆえに神経を尖らせ、注意深く探索と戦闘を行って数時間が経った。

 恐ろしいことに、永一に疲れはなかった。


(いや、集中力はいささか落ちてるか。……精神的な疲れはどうしようもないみたいだ。けど、反対に肉体的な疲れは——)


 永一は自衛隊志望だ。中でも対怪獣の科を望むため、入隊に備えて体は鍛えてある。それでも、平野からここまで動き詰めで疲れを感じないはずがない。

 だからこれは、体の疲れも死ぬごとにリセットされているのだとすぐに気付いた。まったくもって便利な肉体になってしまったものだ。


「とはいえ、だな」

「……? どうか……しましたか? ……エーイチ様」

「いいやなんでもない。にしてもさっきから隘路が続くな」


 永一のそばをつかず離れず、けれど近くに控える姉妹。彼女らは音を上げず、不満の一言も口にせず永一についてきている。

 だが、シンジュとコハクには相当の疲労が溜まっていることだろう。むしろここまで休まず来れている時点で、大した体力をしていると評価するべきだ。

 もう少し奥へ進んでゲートが見つからないのであれば、まだ少しでも余力のあるうちに引き返す判断を下さなければ——

 そう永一が考え始めた瞬間に、それは唐突に現れた。


「ようやく当たりみたいだな。それとも、これでも拍子抜けと言うべきなのかね」


 石でできた扉は、やはり壁に接することなく、狭い道の突き当たり付近にぽつんと置かれていた。

 ゲート。永一がもとより知るそれとは別の意味を持つ、螺旋迷宮内の階層移動装置。


「魔物……たくさん倒せた。でも……どれも、小型種インフ

中型種ウィズノルと遭遇しませんでしたから、幸運だったのではないかと思います」

「なるほどな。えっと、来た時とは逆に、あの広間……1階層を浮かべてくぐれば戻れるのかな」

「あ。いえ、あそこはゼロ階層に該当するようです」

「まさかのゼロオリジン……じゃあ高さ的にはここは40階層だったってことか」

「この次の40階層はボス部屋です。大型種ディソベイが守る難関だそうですから、今日はここまでにするべきでしょう。迷宮探索の感覚は、十分につかめました」

「ですが……ボス部屋は、ここみたいに入り組んではいません。かえって……ゲートを探す手間が省けます。魔物を殺せば……いいだけですから」

「イケイケだなぁ」


 されどそんなコハクも、流石に今からぶっ続けて40階層まで攻略する無茶に及ぶ気まではないようだった。表にこそ出さないが、やはり姉妹の疲れはそれなり以上のものがあるだろう。

 三者はゲートをくぐり、広間——螺旋迷宮のロビーと呼ばれる場所へと帰還する。

 ロビーはほぼ無人で、冒険者が待ち合わせでもしているのか、ちらほらと手持ち無沙汰な者が突っ立っているくらいだった。


「宿は確か、あてがあるんだったよな」

「はい。覚えていてくださってありがとうございますっ、エーイチ様」

「ですが……その前に換金所に……向かわなければなりません。魔石を貨幣にしなければ、宿代が……ないです」

「そういや貧困パーティなんだった」


 魔物の跋扈する危険な空間を抜け、下僕を自称する二人はより近くで佇む。やはり嫉妬の目に背を刺されながら、永一は螺旋迷宮のロビーを後にした。

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