第五話 迷宮と不死と、自称下僕

 中心へ向かうほど、街の喧噪は落ち着いた。螺旋迷宮に用があるのは冒険者ギルドの人間くらいしかいないのか、剣や槍を帯びた人間が目につくようになる。

 ようやく白い螺旋の根本へたどり着いた永一たちは足を止め、圧倒されるようにそれを見上げた。


「近くで見ると……とても大きいです」

「日照権でモメそうな塔だ」

「あそこが入り口のようです。入ってみましょう」


 洞窟のように口を開けたその穴から、何人かの冒険者らしい者とすれ違いつつ中へ入ってみる。

 外見通り内側も広く、そしてどこもかしこも真っ白かった。


「変な感じだな。なんか、デカい生き物の腹の中にいるみたいな」

「迷宮は魔物を生みますから、一種の生物であると考える学者もいるそうです」

「今なお……成長を続けて……います。……植物みたいだとも」


 白くうねる内壁は、まるで生物の内側だ。しかもわずかに発光しているようで、明かりもないのに暗くはない。

 しかしひどく殺風景で、なにより塔と言うからにはあるべきものが欠けていた。上へ行くための階段だ。

 代わりにとでも言いたげに、広い空間の中心には、石でできた両開きの門のようなものがぽつんと置かれていた。


「あの、門は?」

「ゲート……です。あれに入って、到達済みの階層に跳ぶ……そう、です」

「旅先で聞いた話ですが。螺旋迷宮の攻略は、もう何年も38階層で止まっています」

「何年も? それだけ魔物がうようよで険しいってことか」

「そうかもしれません。実情は、なんとも。ワタシたちが暮らしていたのはホシミダイから比較的離れた地でしたから。ですが、冒険者ギルドは……」

「ギルドは?」


 シンジュは言いかけた言葉を、迷った末呑み込んだ。


「……いえ、なんでもありません。ワタシやコハクの彼らに対する思いは、どうしてもバイアスがかかってしまいます。エーイチ様に余計な先入観を与えてしまっては下僕失格ですので」

「そうか。……え? 今なんて? 下僕?」


 聞き捨てならない単語。もはや螺旋迷宮のこともギルドのことも横に置き、永一はその恐ろしい二文字を追及する。

 シンジュとコハクは互いに顔を見合わせると、『なにを疑問に思ったのだろう?』とでも言いたげなきょとんとした表情を浮かべ、二人そろって小首を傾げた。双子だけあって、完璧に同じタイミングの所作だった。


「わたし…………なにもかもを捧げると、言いました……」

「エーイチ様の転生特典ギフト、その類まれなる力を見た時に確信しました。ああ、ワタシたち姉妹——いいえ、長きにわたり受け継がれてきたセレイネスの血と魔術のすべては、あなたに捧げるためにあったのだと」

「いつからそんな話になった!? 単なる協力関係だろうがっ!」


 知らない間に、勝手に下僕が二名ほど生まれていた。

 永一が姉妹に同行するのは恩返しと、ホシミダイに来て螺旋迷宮を調べるのが元の世界に帰る手がかりにつながるのではないかという思惑あってのことだ。

 立場は対等のつもりだった。が、様付けで呼ばれている時点で疑問を抱くべきだったのかもしれない。異世界だからとスルーしきっていた。


「ワタシたちはエーイチ様に、命を貸していただく立場。それに報いるならば、同じように、ワタシたちも身と心を捧げます」

「同じようにつったって、オレは不死になっちまったんだ。釣り合わせようとする必要はないだろ!」

「迷惑、でしたか?」

「迷惑ってか——」

「エーイチ様は…………お嫌ですか……?」

「——人聞きが悪い。そしてとにかく体面が悪い……!」


 そこに尽きた。なぜなら現に、今まさに、美少女二人に永一にぴったりと身を寄せられている永一に対して、螺旋迷宮を訪れた周囲の冒険者はジリジリとした視線を向けている。

 好奇が三割、あと七割は怨嗟だった。

 下僕なんてものは現代日本人の価値観ではあまりに受け入れがたい。美少女二人を様付けの敬称で呼ばせてはべらせているなど、死んだ姉や、それ以来置いてもらっている家の幼馴染が知ればなんと言われることやら。人聞きが悪いとはそういうことだ。

 背中に突き刺さる嫉妬の目線と、頭に浮かぶ知己の顔から逃れるように、永一はさっさとゲートの方へ歩き出す。姉妹も置いていかれまいと早足についてきた。

 

「お待ちください、ゲートはなんでも、跳ぶ階層を頭で念じながらくぐらなければならないそうです」

「同じ階層を思わないと……みんな、ばらばらの場所に……着いてしまいます」

「わかった。38階層だったな」


 広間の真ん中に置かれた、石の扉を押し開く。壁に面しているわけでもない以上、その向こうにはなにもないはずだったが、永一が『38』と数字を頭に思い浮かべながらそこをくぐると、途端に左右の高い壁に覆われた通路が現れた。


「これは……」

「きちんと転移できたようです」

「……すごい。一瞬で……景色が変わった。単純な瞬間移動なんて……世界中のどんな魔術でもできない」


 永一の後ろからシンジュとコハクも現れ、石の門がバタリと閉まる。

 螺旋迷宮、その38階層に足を踏み入れた永一はまず、周囲を見回した。


(迷宮の名前通り、迷路みたいになってるようだが……この閉所で怪獣——じゃなかった、魔物を相手にするのか? やりづらいなんてもんじゃない……いや、向こうは道幅が広い。高低差まであるぞ……)


 そこはより、なんらかの生物の体内を想起させた。白い壁は波打ち、うねり、狭いところや広いところまで様々で、そこかしこに潜む魔の息遣いが満ちている。

 天井も高く、38階だというが、ここが外から見たあの白くねじれた螺旋の、どの程度の位置なのかまるで見当がつかなかった。まだ頂上まで先は長いのか、それとも短いのか。


「そもそもこれ、どうすればいいんだ? 探索して……RPGみたいに、どっかに階段でも?」

「あーるぴー……? 階段はありませんが……ゲートがあります」

「どこかにあるゲートを見つけ、来た時と同じようにくぐれば、その階層は踏破とみなされます。そうすれば今度はあの広間からも、39階層に跳べるようになるはずです」

「へえ。なんか、詳しいな二人とも。ホシミダイに来るのは初めてなんだよな? だったら螺旋迷宮も初めてだろ」

「事前に……たくさん、調べました……」

「もともとはコハクと二人で迷宮を踏破するつもりだったんです。ほとんど、無謀なのはわかっていましたが……」

「まあ、団体でやってるっぽい冒険者ギルドでも進んでないんだもんな。しかし情けないが、オレひとりでそれが大きく楽になるわけでもないだろ? いくら不死アンデッドつったって、もとは単なる善良な小市民だからな、オレは」


 不死になった永一にあるのは、しかし不死だけだ。

 死なないだけの人間の使い道など限られている。せいぜいが盾程度、だがそれもたかだか人間ひとりの大きさでは防げる規模にも限界がある。

 小型種インフならともかく、螺旋迷宮に時折湧く中型種ウィズノルや十階層ごとにあるボス部屋を守る大型種ディソベイが相手となると、魔術も使えず魔道具も持たない永一個人がいたところで大した貢献はできまい。


「エーイチ様には——ワタシたち、セレイネスの民の魔術の加護があります」

「セレイネスの魔術は……エーイチ様の不死に、きっと……よく馴染みます」

「どういうことだ?」

「魔術にはいくつか種類があります。中でも、肉体の破力はりょくを増す魔術のことを強化魔術と呼びます」

「あの、片月へんげつって呼んでたやつのことだな」


 血を巡るもの。

 その一節の詠唱から始まる魔術は、平野で魔物と戦っていた時はさほど意識する余裕はなかったが、シンジュが永一にかけたものだ。


「……わたしたち、セレイネスの魔術はちまたでは……欠陥魔術、と揶揄されることがあります」

「欠陥。いい言葉じゃないな」

「破力を大きく増す代わりに、保力を大きく下げてしまう。強化魔術に、弱化魔術が混じってしまうのです。ワタシたちの強化魔術——片月は。それがセレイネスの血による作用です。ですので……片月をかければ体の力は強くなりますが、同時に受けた傷が大きくなります」

「要するに破力は攻撃力で、保力は防御力ってことか」

「厳密には違いますが……その理解で……大丈夫です。物理的な力がいくら強くなっても……肉体の形を保持する理が緩むのは……戦いでは、致命的」


 永一は、あの巨獣の爪が腹部を裂いた時、かすっただけだと思った傷が想定以上に深かったことを思い出した。あれは自分が目測を見誤ったのではなく、片月による保力とやらの低下のせいで、傷が大きくなっていたようだ。

 それだけではない。頭を牙に貫かれ、腹を踏み潰された。何度も殺された。

 あれらの無惨な死に方は、単に相手が強大だったからというだけでなく、片月によって死にやすくなっていたからというのもあるのだろう。


「ああ、合点がいった。なるほどな、不死アンデッド転生特典ギフトはそのセレイネスの魔術と相性がいいわけだ。そこまで加味して、ってことか」

「…………はい」

「そう、です」


 双子姉妹はわずかに顔を伏せ、どこか罪責感のようなものをその黄色がかった双眸によぎらせる。

 欠陥魔術。セレイネスの強化魔術とやらは、ゲームで言うバフとデバフが同時にかかるようなものだと永一は理解した。そして永一は不死アンデッド、保力——肉体の防御力など初めから関係がない。どうせ死んでも生き返る。

 つまるところ不死の性質は、セレイネスの魔術とこれ以上なく相性がいい。

 強いられる死の苦痛を、幾度となく受け入れることを前提とすれば。

 その辺りが姉妹の表情を陰らせる理由なのだろう。


「細かいことを気に掛けるな。オレはなんとも思わない」

「ですが——」

「平気だ。それより、あれをまた貸してくれよ。クナイだ。片月でバフがかかるにしろ、素手ってのはキツい」

「あ……はい」


 クナイを取り出し、それをおずおずと永一に手渡すコハク。永一は一度、その黒い暗器に目を落とした。

 持ち手には布が巻かれ、両刃の手入れはしっかりとされていたものの、表面に細かな傷が残っていたりと全体的に使い古した感があった。コハクが長く使っているもののようだ。

 それなりの重量があり、大きさも包丁くらいはあるため殺傷力は十分に備わっていると思えた。


「サンキュ。じゃあ、早速奥に行くか。様子を見て可能なら次の階層へのゲートも見つけ出したい」


 だがその殺傷力は、あくまで人目線のもの。

 怪物相手に役立てるには、命をいくつか投げうたねばならないのは平野の巨獣で経験済みだ。とはいえ勝手もわからない長物よりは使いやすくていい、と前向きに捉えることにした。


「お供……します」

「は、はいっ。ですが迷宮内部の詳しい話はワタシたちも聞くことができませんでした。どうか油断なさらぬよう」

「オレは不死だ。二人の方こそ気を付けてくれ」


 クナイを逆手に、白い床を歩き出す。入口の広間と同じで、壁や床そのものがほのかに光を発していて、視界に不自由はなかった。

 歩きながら永一はふと、不思議な気分に駆られた。

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