断裂
「お兄ちゃん!?」
ゼノビアの呼びかけに、グレンの肩が跳ね上がった。
振り返ったグレンは妹がここにいるのが心底意外だったらしく、イケメンが崩れるぐらいに目を見開いた。
「ゼノビア!? なぜここに……おい、シノブ!!」
「ギャラリーは多い方が良いと思ってな」
「馬鹿者!! 一番知られたくない相手に……ああ、クソッタレ! よりにもよって……!!」
頭をガシガシと乱暴に掻きむしるグレンを他所に、ルーディは謎の装置の組み立て作業を黙々と続けていた。
三脚付きの天体望遠鏡のような機械を四つ、テッセラクトの四方に等間隔で設置して、望遠鏡に視えるパーツが中央のテッセラクトを見上げる形で角度を調節している。慎重な操作が必要なようで、グレンを無視しているのも興味が無いからだけではなかった。
「どうして上で大人しく待っていなかった!? 準備ができたら呼びに行くと言っただろうが!!」
「暇」
「おまっ……!! お前なァッ!!」
よほど腹に末かねたのか、とうとうグレンは忍に殴りかかった。もちろん、当たるとか当たらない以前に振りかぶる前から頭突きを喰らてぶっ飛ばされたが。
派手に転がって尻もちを付きながらも、グレンは忍を恨めしい眼で見上げた。
「お、おのれぇぇぇ!!」
「落ち着け、馬鹿。悪巧みってなどうせバレるもんなんだ、腹括れ」
「悪巧みだとッ!! 貴様のような野蛮人が、私の戦略を語るな!!」
「よく言うぜ」
頭を冷やすどころか、グレンはますます激昂するばかり。明らかに余裕がなく、彼らしくもない狼狽え方だった。
そんな兄を見ていれば、自然とゼノビアの方が落ち着いてくる。先程忍が言った大魔王の復活を望む者。それは間違いなく、目の前の兄王子だ。
「……お兄ちゃん、まさかとは思うけど大魔王を召喚兵器にでもしようっていうの?」
「ぬ……ふっ。さすがに聡いな、ゼノビア。その通りだとも。そしてその為の設備も道具も、すでに揃っている。我らは大陸全土を制覇するに足る武力を得られるのだ!」
「ぜ〜んぶボクの私物だけどね。エラそうに言わないでくれない?」
ゼノビアの胸元から飛んできたアンゼリカの野次に、グレンがまたもや顔をしかめた。しかし事実として、この装置はあのカロリッカ火山島にあるアンゼリカの棲み家から忍とルーディが運んできたものだ。グレンのしたことは、せいぜいルーディに探索を命じた程度である。
王族や指揮官としては正しいだろうが、アンゼリカからすれば何もしていないに等しい人材だ。故に睨まれたところで怖くもないと、勝手に話を進めた。
「改めて、ボクはアンゼリカ・ゼタバーンズだよ、ゼノビア姫様。大魔王のかつての部下さ。そのボクが断言するけど、アレを復活させようなんて人間は正気じゃない。何も知らない忍はともかく、王子様なら大昔の被害記録ぐらい知ってるだろ?」
「ふ、フン! 当然だろうが。だが問題はない。大魔王と交わした主従契約は完璧だ。如何なる場合に置いても、大魔王がカルディナに仇なすことは無い。力の大小こそあれど、もはや通常の召喚兵器と同じだと断言しよう!」
やや自己陶酔気味に嘯くグレンに、ゼノビアとアンゼリカの反応は冷ややかである。特にゼノビアは、明らかな失望が含まれている。
「カルディナには、ね。侵略戦争でも起こそうっていうの?」
「違うな。解き放たれた大魔王が、たまたま周辺にのさばる邪魔な国々を破壊するだけだ」
「……その邪魔者には、アタシとかカルディナ王族……ううん、ちょうど真上の城で議会中の首脳陣も含まれているんでしょうね」
「やはりお前の賢しさ、生かしておくには危険だな」
グレンはゼノビアの問い掛けに答えることなく、一方的に会話を打ち切って背を向けた。肯定であるとともに、明確な拒絶でもある。噛み締められたゼノビアの奥歯が苦しげに軋んだ。
僅か十歳の少女が浮かべるにしては痛ましい表情には、ゼノビアの胸元から彼女を見上げるアンゼリカも同情的な視線を見せる。
「ふぅ。準備できたわよ、忍。それじゃ、お願い」
「おう。……ところで、何するんだっけ?」
「大した事じゃないわ。とりあえず、言う通りにしてみて」
「おっけ、任せろ」
王族兄妹の胸中になど微塵の興味も示さずに、ルーディと忍は楽しそうに会話を弾ませていた。
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