王都ベルガーラにて
街を囲む石造りの巨大な城壁を抜けた先には、広い道路を挟んでバロック様式の建築物が立ち並ぶ、王都ベルガーラのメインストリートが続いていた。
古い無声映画に出てきそうなクラシックカーが行き交い、通行人もタキシードだったりイブニングドレスだったりと、垢抜けてんだか成金趣味なんだか判断しづらい様相だ。
「へぇ〜。なんかテーマパークにでも来たみてえだな。ポストモダンっつうの?」
「テーマパークっ!?」
窓の景色に何気なく呟いたところ、何故かゼノビアが噴き出した。何事かと視線を向けると、真っ赤な顔で俯いている。隣のグレンまで、なんだかソワソワ落ち着かないようだった。
「どうしたよ? 何か変なこと言ったか、オレ?」
なんのこっちゃと首を傾げる忍に、ルーディがそっと耳打ちした。
「あなたの仰った『テーマパーク』という単語、男性が夜に女性と遊ぶ場所を揶揄する単語です。人前で口にしない方がよいかと」
「お、おおおおぅ、そうか……っ!!」
ルーディの脳をくすぐるようなウィスパーボイスと、至近距離で感じた華のような香りに、話が全く頭に入らなかった。フワフワと心地よい気分にされるが……すぐに「絶対こいつわざとやってるよな」と思い直して冷静になる。
すぐに遊園地や行楽施設のことだ、と訂正するが、どうやら「遊園地」という単語も「遊郭」的な隠語だったらしい。ますます赤面したゼノビアに、面倒になった忍は会話を打ち切った。
「は、話変わるけどルーディって歳いくつ? オレは十五だけど」
「急になんですか。なら同い年ですね。失礼ながら、あなたはもっと上だと思っていました」
「そりゃこっちのセリフだぜ。大人っぽいってよく言われない?」
「十五歳はカルディナ国なら成人ですので。立派な大人です」
王城へ続くメインストリートを進む忍はルーディと取り止めない会話を続けた。
やがて王城に到着すると、待ち構えていたのはロマネスク様式の美しい建造物だった。まさに中世ヨーロッパ風のド真ん中だ。
バロック調で統一されていた街並みに、ここだけタイムスリップしたかのような城門が浮いている。ますますテーマパーク染みてきたな〜、と案外低い天守を見上げた。
「んでこの後の予定は? オレ、腹減っちゃったんだけど。先に飯にして……あ、金持ってねえや」
車を降りた忍は、どこかから漂ってくる美味そうな匂いに腹の虫を鳴らしながらグレンに尋ねた。
「ああ。王宮でカルディナ国王……つまり私の父や他の重鎮との面通しの予定だ。晩餐会はその後だな」
「国王……え、お前って王子だったのか!?」
「今まで何だと思ってたんだ、お前!?」
冗談だよ、と忍は笑うが、全然冗談に聞こえなかったグレンは不機嫌なジト目で睨み返した。慌てようをゼノビアに笑われるも無視している。
「先に飯にしない?」
「ちょっとでいいから耐えてくれ。それまでこれでもかじってろ」
与えられた干し肉は、オイル臭くて恐ろしく固く、しかも塩辛くて不味い、保存期間以外に褒められる部分がなかった。兵士達にも不評な一品だが、口寂しさを誤魔化すくらいにはなった。
硬い干し肉をペンチみたいな咬合力で千切りながら城の庭園を進む。庭園は中央に大きな噴水が設置され、そこを中心に来賓者を出迎える石像や加工された植栽が立ち並ぶ景観は美術館のようだ。
彫刻に筋骨隆々の男神像しかなく、美しく咲き誇る花々にも興味がない忍には、退屈極まる場所だったが。
「意外と狭いな。城も小さいし」
それよりも忍には、城門と比べて明らかに小規模な王宮の方が気になっていた。
ドストレートな第一印象に、グレンやゼノビアは当然として、護衛騎士の面々も微妙な表情で顔を背ける。どうやら規模の小さな城を、みんなも気にしているらしい。
一応、王宮の建物が機能性よりデザイン重視な設計であるのが見て取れ、中央に尖塔を備えた屋根瓦の外観も古い教会を思わせる佇まいであるなど、小さいだけで見窄らしさはない。
表情の険しくなったグレンが、苦虫を噛み潰す顔で王宮を指差した。
「賢者デマカッセの話は覚えているか? 王城は元々、デマカッセの寺院だった。補修する際も外観を損ねないようにしているから、どうしても荘厳さが足りないんだ」
「移転しねーの?」
「封印の基点が城の地下にあって動かせんのだ。諸外国からの来賓からも『風情があっていいわね〜』なんて遠回しにコケにされてる。……味があるのは事実だがなコンチクショウ」
最後の部分は小声ながら偽らざる本音だろう。どうやらグレン王子、この威厳に欠ける地味な城が嫌いらしい。自分の家がダサいというのは、メンツが何よりも大切な王族にとって結構なコンプレックスなのだろう。
だが、そんなことより忍の耳は重大情報を聞き逃さなかった。大魔王の封印は地下にあるだと? なるほど、と頷き、足元に目をやった。
「封印が解けたら城も吹き飛ぶんじゃね? そしたら別の場所に要塞みたいなの造れよ」
「封印が解けたら国ごと終わるんだよ」
「ダーッハッハッハッハ!! 恐ろしい事を仰るお嬢さんだな!!」
二人の会話に、横から馬鹿笑いが差し込まれた。グレンの表情がますます険しく……というよりむしろメンドクセェなとゲンナリした。
何かと思えば、城門の通用口からグレンに負けず劣らず豪奢な鎧に派手な青マントを羽織った暑苦しい青年が、左右に付き人を侍らせてやって来る。黒に近い緑髪が地味な分、獅子の頭部を模した肩当ては自己主張が激しすぎる。
「ゼムルか。お前が私を出迎えるとは珍しいな」
「兄者を、ではない。今代の聖女様をお出迎えに来たのだ。ダーハッハッハ!」
「……その鬱陶しい馬鹿笑いを止めろ、ゼムル。聖女っぽい生き物ならそいつだ」
グレンから雑に紹介されたので、忍はテキトー極まる敬礼を決めつつ「どーも、勇者です」とおどけた。
そんな忍をまじまじと観察した暑苦しい男……カルディナ王国第二王子のゼムルは鼻で笑った。
「ふっ。兄者よ、どういう魂胆か知らぬが、そのような虚偽報告は如何に王子と言えども許されぬぞ。何が聖女だ! この娘からは清浄な気配どころか知性も気品も感じられんぞ!! それになんか獣臭いし、見た目が良かろうと遊び女にしたって俺なら選ばん! ダーッハッハッハ!!」
人を見た目で判断するな、とは言われるものの、この場合は全面的に正しく忍の人柄を見抜いていると言っていいだろう。本人含めて誰もゼムルの意見を否定しなかった。
それよりも忍には、一体こいつは何が楽しくて爆笑しているのかの方が気に掛かる。不思議に思ってゼノビアに小声で尋ねたが、黙ったまま首を振られてしまった。どうやら箸が転げてもおかしい性質らしい。
男のフルネームはゼムリンガ・カルディナーレ。グレンの弟であるカルディナ王家の第二王子だ。態度と笑い方から分かる通り知性の面で今一つだが、こんなんでも武芸百般に通じた武官で、体格も兄より頭二つ分は大柄だった。ついでにいえば、大作りで暑苦しいものの顔立ち自体は整ってはいる。
「替え玉にするにしても、他に人材はいただろう。そこのガートルードとかな! ダーッハッハッハ!!」
「彼が召喚装置から出てきたのは事実だ。私だって、出来れば何かの間違いであって欲しいと思ってるがな」
「彼だと? ダッハッハッハ! 妙なことを言う。まあ聖女かどうかなど、フォトニクスの前に連れ出せば一発だ!」
豪快に威圧してくるゼムルと、それを邪険にあしらうグレン。火花を散らす両者の間の空気は固い。短い会話だけだが、この兄弟の仲が悪いのは忍にも分かった。双方が双方を嫌っているうえに、利害関係でも食い違ってるパターンだ。
「お兄様方、いつまで立ち話していますの? お父様がお待ちなのではなくって?」
見かねたゼノビアが、お姫様っぽい口調で二人を諌めに入る。バツが悪そうにグレンは引き下がったものの、もう一方のゼムルは不機嫌に顔をしかめた。
「ゼノビア。貴様、誰に意見している?」
「あら? ご自分が何を言われているか分かりませんの? ……そこまで馬鹿だったっけ、ゼムルお兄ちゃんって♪」
「小娘、大人をからかうのも大概にしろよ」
「からかうだなんて。これは可愛い妹からの忠告だよ? 分不相応は止めて大人しくグレンお兄ちゃんに従え、っていうね♪」
ゼムルも大人げないが、小賢しく煽るゼノビアも相当だ。これまでとは逆で、あまりの空気の悪さから忍が一歩引き下がるほどだった。
しかしゼノビアも、仲裁に入って自分が喧嘩を始めるとは本末転倒である。むしろ、わざと自分に矛先をずらさせたようだ。
「次期国王の座を争って真っ二つなのです、今の王室は」
美味そうな匂いを漂わせ、フライドチキンのバケットを抱えたルーディが背後からぬうっと顔を出してきた。香ばしく揚がった鶏肉を「食べますか?」とばかりに差し出してくるので、ありがたく受け取った。
「平民出身である、亡き正室様の子であるグレン様。王国宰相家出身の側室様の子のゼムル様。彼ら二人、どちらが王位を継ぐかでお家騒動が勃発しています」
「あつ、あっち……へえ。どっちが優勢なの?」
「五分五分ですね。ゼムル様はバックに宰相閣下がいらっしゃいますので、古参の重鎮から推挙されています。一方のグレン様は若い世代のカリスマ、同じく側室様の娘であるゼノビア様など勢いのある新派がついてらっしゃいます」
「あちゃちゃちゃ……ふーっ、ふーっ……ははっ、くっだらねえ」
「ええ、まったく。当人達は真剣ですし、国の行く末にも直結してるのが頭痛の種ですけど」
忍にもう一本チキンを差し出すルーディは、どことなく呆れ返った仕草を見せる。忍が、自分だって国民だろうに……と疑問を持ちながら二本目のチキンを受け取ると、
「わたし、外様ですので。出身はカルディナではありません」
またもや思考を読んだかのように、ルーディがポツリと付け足した。
ギョッと目を見開く忍に、ルーディは僅かに目を細め、薄く微笑む。ほとんど変わらぬ表情に、柄も言えぬ艷が浮かんだ。
「言ったでしょう? あなたは意外と単純だから考えが読みやすい、と」
「……むしろ何考えてるか分かんねーってよく言われるけど。つーかよ〜……ひょっとしてオレらって、前にどっかで会ってる?」
「先日が初対面です」
キッパリと言い切ったルーディは、それっきり口を噤んでしまった。視線も外され、少しばかり居た堪れない気持ちにさせられる。
そのタイミングで、いがみ合う王族兄弟に新たな弟が加わった。
「も〜う! 兄さん達もゼノビアも、いつまで立ち話なんてしてるつもり? 父上が待ってるんじゃなかったの?」
さっきも誰かが似たようなセリフを吐いていたが、今回の声は忍が初めて聞くものだった。
城門の勝手口前を専有していたゼムルの背後からひょっこり顔を出したのは、線の細い少年だ。少年と言っても忍よりは年上のようなので、この国の法律では成人だが。
体格もグレンより華奢に見えて、一見すると少女のよう。内側にカールした朱殷の髪が、女性的な特徴を際立たせている。それでも背丈は今の忍より多少高く、ルーディと同じぐらいある。
「ホムラ・カルディナーレ様。王国の第三王子です。派閥としては一応ゼムル様派でしょうか。しいていえばですが」
質問する前に、ルーディがそっと教えてくれた。正直に言えばどうでもいい。
奇妙に思ったのは、ホムラが現れた途端にグレンとゼノビアだけでなく、味方らしきゼムルまでが「げっ」と声を上げたことだ。嫌われているのだろうか。
「ほらほら。父上や大臣達が待ってるよ〜? 早く行こうよ〜」
「……ぬ、ああ。そうだな。兄者、ゼノビア」
「う、うむ。行こうか」
冷や汗すら浮かべて、グレンもゼムルも大人しくホムラに従っている。ゼノビアでさえ、無言でコクコクと頷くだけで返事をしていない。
そんなにおっかないのかな〜? などと忍が呑気に構えていると、ホムラも忍に気付いたらしい。ニコニコしながら近づいてきた。
「君が聖女様、なのかな? 始めまして。ボクはホムラ、グレン兄さんやゼムル兄さんの弟だよ」
ホムラから微笑みながら右手を差し出された。握手のつもりだろうが、忍は右手が鶏の油でギトギトなので断った。
「名乗るほどのもんじゃない。聖女でもねえしな。オレはただの……ただの、なんだろう。風来坊?」
「知らないよ。ふふっ、変な子」
御婦人相手なら効果覿面、例え男でも篭絡すると噂されるホムラのプリティスマイルに、親衛隊や遠巻きに様子を見ていた一般通過貴族から熱い溜め息が漏れる。
ほっそりしているだけでなく、柔らかい物腰や猫のような笑顔など、ホムラには見ている人間を和ませる天性の才能があるようだ。
忍もまた、男だとは分かっていても「こいつ可愛いな〜」という感情が溢れ出す。
「君みたいな綺麗な子、初めてだね。ちゃん名前が知りたいな」
「そういうあんたもドレス着たら似合いそうだな」
「今何つった、このアマ?」
そして溢れ出すパトスのままに素直な感想を口にした刹那、ホムラが腰の剣を抜いて斬り掛かってきた。
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