第15話




「改めまして、本日はお越しいただきありがとうございます」


 挨拶と共に、セシリアが三人の前にお茶を置く。ふんわりといい香りが漂った。


「本日のお茶は、カルランズ産のものですわ。この国でよく飲まれているのはリーンドラ産の茶葉ですが、我が家では昔からカルランズ産を愛飲しておりますの」


 セシリアがお茶の説明をして「どうぞお飲みください」と勧めてくる。


 テオジェンナは勧められるままカップを持ち上げようとした。

 だが、


「あっ!」


 突然、ルクリュスが大声をあげた。何事かと驚いたテオジェンナは、ルクリュスが指さす方向を目で追った。

 窓の外が目に入るが、特に変わったものはない。裏庭が見えるだけだ。


「ごめん。気のせいだった」


 ルクリュスが「てへっ」と照れ笑いを浮かべた。何かを見間違えたらしい。

 何もなかったならよかったけれど、照れて笑う姿が可愛すぎてテオジェンナは椅子から崩れ落ちた。


「テオ?」

「い、いや、テーブルの下に何かいたような気がしたんだが、気のせいだった」


 若干不穏な言い訳をしつつ、テオジェンナは椅子に座り直した。誤魔化すようにお茶を一口飲むと、すっきりとした甘みとそれを引き立てるかすかな苦みが口内に広がった。


「よろしければ、お菓子もどうぞ。我が家のシェフ自慢のレシピですの」


 セシリアがにこにこ笑顔で焼き菓子を勧めてくる。

 シンプルなクッキーの真ん中に、何か小さな種のようなものが載っている。ナッツにしては小さいので、あれはなんだろうとテオジェンナは首を傾げた。


「わあ。美味しそう。いただきます」


 真っ先に手を伸ばしたルクリュスが、ひゅう、と口笛を吹いた。

 すると、開けていた扉から黄色い小鳥が三羽、音もなく飛んできてテーブルの上に着地し、焼き菓子の上の小さな種をチュンチュンとくちばしで摘んで、そして再び扉から廊下へと飛んで帰って行った。


「……なんだあ、今の鳥。どこから入ってきた?」


 ロミオが首を捻る。


「たぶん、玄関から入ってきたんじゃないかな。きっとお腹が空いていたんだよ。だって、このお菓子とぉっても美味しそうなんだもの。小鳥達も飛んでくるぐらいの美味しさだなんて、ヴェノミン家のシェフは腕がいいんだねぇ」


 ルクリュスがにこーっと笑顔でセシリアをみつめた。


「まあ、嬉しいですわ。鳥さん達に喜んでいただけて」


 セシリアもうふふと微笑んでルクリュスをみつめる。


 うふふあははと微笑み合う二人を見て、テオジェンナの胸がずきりと痛んだ。

 やはり、妖精のお茶会には小鳥が遊びに来るのだ。思った通りだった。


 そんな優しいお茶会の雰囲気に、ルクリュスは完全に馴染んでいる。

 セシリアと目を合わせて微笑み合う姿は一幅の絵のようだ。おとぎ話の挿し絵のような美しい光景が目の前で繰り広げられている。


(やっぱり……小石ちゃんにお似合いなのは、セシリア嬢のような……)


 胸がずきずきと痛んだ。

 知らない間に隠れている弓兵に心臓を射抜かれていたみたいだ。


(何を今さら……わかっていたことじゃないか。小石ちゃん……ルクリュスには可愛い恋人と幸せになってもらいたい。それが私の幸せでもあるんんだ)


 テオジェンナは胸の痛みをやり過ごそうと、ぎゅっと唇を噛みしめた。



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