第13話




 ***




 聖堂の扉はいつでも開けられている。生徒が誰でも気軽に入ることができるようにだ。

 テオジェンナも幾度か訪れたことがあり、老神父を顔を合わせたこともある。

 ゆえに、テオジェンナはためらうことなく聖堂に足を踏み入れた。

 祭壇に向かって膝を折り、真剣に祈りを捧げる。


(どうか、明日の茶会が無事に済みますように……小石ちゃんが笑顔でいられるなら、私はどうなってもかまいません!)


 テオジェンナは基本的に重い女である。


 顔を上げることなく祈り続けていると、不意に後ろから声をかけられた。


「随分、熱心に祈っておられますね」


 若い男のやわらかい声音に驚いて振り向くと、法衣に身を包んだ青年が立っていた。


「何か悩み事でも?」

「え?」


 テオジェンナは目を瞬かせた。


「あの、神父様は……?」

「ああ。クロウリー卿は別の教会に移られました。もう高齢ですからね。暖かい地の小さな教会でゆっくりされるようですよ」


 若い男は赤茶色の目を細めて微笑んだ。


「私は新任のコール・ハンネスといいます。よろしく」

「二年のテオジェンナ・スフィノーラです」


 挨拶を交わすと、若い神父はじっとテオジェンナをみつめた。


「貴女は今、救いを求めていますね」


 熱心に祈りを捧げていた姿を見られていたようだ。

 テオジェンナは少し決まりが悪くなった。


「よかったら、聞かせていただけますか?」


 神父とはいえ初対面の相手に打ち明けるのは少し迷ったが、明日に迫った茶会に追いつめられているテオジェンナは藁にもすがる想いで口を開いた。


「実は、私が清らかな人間じゃないせいで、明日の放課後に妖精の目の前で体が爆発するかもしれなくて」

「なるほど。座ってゆっくり話しましょうか」


 ハンネスは静かな口調でテオジェンナを促した。


「明日の放課後にいったい何があるのですか?」


 長椅子に並んで腰掛けて、ゆったりと問いかけられたテオジェンナは胸にくすぶる不安を言葉にした。


「茶会に招待されたんです。その茶会では妖精のように愛らしい少女と、この世で一番可愛い小石ちゃんと、岩石その7とその8が一緒にお茶を飲むんです」

「それは楽しいお茶会になりそうですね」

「でも! 妖精のお茶会に岩石は似合わないんです!」


 テオジェンナは拳を握りしめた。


「そうですか……しかし、その岩石を招いたのは愛らしい妖精なのでしょう? でしたら、心優しい妖精は岩石が爆発するような危険物を茶会に持ち込んだりしないでしょう。安心して楽しめばいいと思いますよ」


 ハンネスは優しい口調でテオジェンナを励ました。


「確かに……爆発はしないかもしれません。けれど、私のような岩石が禊ぎもせずに妖精のお茶会に乗り込んだら、弓兵に射殺されても文句は言えないし……」

「いえ、決してそんなことはありません。そんなことがもしも起こりえたら、誰もが貴女を守り弓兵を非難するでしょう」

「弓兵は悪くないんです! 彼は妖精が傷つけられることを恐れただけでっ」


 存在しない弓兵を慮って額を押さえて吠えるテオジェンナの肩に、ハンネスがそっと手を置いた。


「貴女はこんなにも真剣に自分が招かれたお茶会のことを考えている。自分を呼んでくれた妖精が悲しい想いをしないようにと。そんな心優しい貴女には、十分に妖精のお茶会に参加する資格があると思いますよ」


 まっすぐに語りかけながら、実は自分でも何を言っているのかよくわからなかったが、とにかく何も心配しなくていいと伝えたくてハンネスは言葉を尽くした。

 聞いた限りでは詳しい事情はわからないが、普通にお茶会に行って普通にお茶を飲んで無事に帰ってこれると思う。少なくとも爆発はしないし弓兵も現れない。


「元気を出してください。明日のお茶会が楽しい時間になるように、私が神にお願いしておきますよ」

「神父様……」


 テオジェンナは涙に潤んだ瞳でハンネスを見上げた。

 今日、出会ったばかりの自分に、真摯に向き合ってくれる彼の誠実さに勇気をもらえた気がした。


(そうだな……あまり考えすぎると余計に動きが硬くなって、茶会の空気を壊してしまうかもしれない)


 自分が原因でセシリアの初めての茶会を壊すわけにはいかないと、テオジェンナは決意を固めた。


「ありがとうございます、神父様! 私、頑張ってみます!」


 くよくよしていても自分が岩石であることは変えられない。

 岩石ならば岩石らしく、何が起きても動じないように心がけておこう。


 見送るハンネスに礼を告げて、テオジェンナは聖堂を後にした。



 テオジェンナが去った後、ハンネスはふうと息を吐いた。


「躾の行き届いた貴族の子供ばかりかと思いきや、変わり種もいるんだな」


 聖堂の扉を閉めたハンネスは、テオジェンナ・スフィノーラという名前を脳に刻んだ。



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