第3話




 ***




 この世で一番愛らしい生き物は何? と尋ねられたら、テオジェンナは迷うことなく「小石ちゃん」と答える。

 むしろ、他の選択肢などない。どこのどいつだ、小石ちゃんと同じ土俵に乗れるだなんて思い上がっている輩は。滅す。


「はあ~、今日から小石ちゃんが同じ学校だなんて……ひ、一つ屋根の下に小石ちゃんが生息している!? あの愛らしい手足で廊下を歩いたり教科書をめくったりするというのか! そんな、そんなのって……はあはあ」


「スフィノーラ侯爵令嬢の息が荒いのだが、私は生徒会長として王太子として、ゴッドホーン侯爵家の子息の安全をはかるべきか?」


 レイクリードが傍らの腹心に意見を仰ぐ。


「今しばらくは様子見でよろしいかと存じます」


 王太子の腹心である侯爵令息ケイン・ルードリーフが応える。


「はっ! 学園中に小石ちゃんの愛らしさが知れ渡ってしまう! 世界が小石ちゃんを知ってしまう! 授業中に可愛いお口を開けてこっそり欠伸をする姿を目にして興奮する奴がいるに違いない! こ、小石ちゃんがよからぬ輩に視線で汚されぬよう、私が手を打つべきか……っ!?」


「スフィノーラ侯爵令嬢が学園中の生徒の目潰しを目論む可能性がある。私は生徒会長として王太子として、生徒の安全のためにスフィノーラ侯爵令嬢を拘束するべきか?」


「現時点で拘束は尚早でしょう。言い逃れできぬ証拠を掴むためにも、今は泳がせておくべきかと」


 学園の生徒達の安全を憂慮するレイクリードに、ケインは冷静に応える。


「はあ……」


 溜め息と共に、床に転がっていたテオジェンナが身を起こした。

 ようやく我に返ったのかと思いきや、立ち上がったテオジェンナはすたすたと壁に向かい、思い切り自分の頭を打ち付けた。


「なっ、何をしている!?」

「はあ……はあ……私としたことが」


 テオジェンナは息を整えて、狼狽するレイクリードに向き合った。


「大変、お見苦しいところをお見せいたしました」

「頭、大丈夫か……?」

「これしきの壁で傷つくほど柔な者は我がスフィノーラ家にはおりません」


 確かに、心なしか壁の方がへこんでいるような気がするな。と、レイクリードは思った。


「ならばいいが……えーと、それで、ルクリュス・ゴッドホーンとは婚約の話などは出ているのか?」

「はあうっ!!」


 レイクリードの質問に、せっかく落ち着いたと思ったテオジェンナが、胸を押さえてどさっと床に崩れ落ちた。


「こ、こ、こんにゃくなんて……こんにゃくなんて、できるわけないじゃないですか!!」


 真っ赤になった顔を手で隠してテオジェンナが叫ぶ。


 こんにゃくしろ、とは言っていない。婚約と言ったのだ。


 レイクリードは心の中でそう思い、残念な者を見る目でテオジェンナを見下ろした。




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