第2話





 テオジェンナ・スフィノーラは質実剛健のスフィノーラ家に生まれ、父や兄と共に武芸で身を立てるべく幼い頃から鍛錬をかかさなかった。


 そんなテオジェンナがルクリュス・ゴッドホーンと出会ったのは、テオジェンナが七歳、ルクリュスが六歳の時であった。

 互いに部門で覇を競う好敵手でありながら、テオジェンナの父スフィノーラ家当主ギルベルトとゴッドホーン家当主ガンドルフは仲が良かった。

 タウンハウスが近かったこともあり、ルクリュスの六歳の誕生パーティーにはギルベルトと子供達も招かれたのだ。


 父に連れられて初めて足を踏み入れたゴッドホーン家で、テオジェンナは幼心に緊張していた。

 ゴッドホーン家の兄弟は見かけたことがあった。まさに勇者と呼ぶにふさわしい剛勇揃いで、軍人を目指す幼いテオジェンナにとっては憧れであった。

 その家の末子もまた、上の七人と同じく「岩石侯爵家」の名にふさわしい体躯の持ち主であると思っていた。


 そのテオジェンナの前に現れた岩石侯爵家の八男、ルクリュス・ゴッドホーンは、岩石ではなく「小石ちゃん」であった。


 オレンジに近い甘やかな赤毛と、とろりと融けた飴のような琥珀色の瞳。

 同じ年齢の子供よりも一回り小さい体。あどけない表情。こくり、と首を傾げる愛くるしい仕草。


 天使がそこにいた。


 ルクリュス・ゴッドホーンは母親似であった。父親に似ている箇所は皆無であった。


 岩石のごとき父と兄達に囲まれて、ぽちりと立つ小柄な体。大きな瞳で見上げてくる仕草。


 愛らしさだけをぎゅっと詰め込んで、ふんわりとリボンをかけたような男の子。


 それがルクリュス・ゴッドホーンだった。


 岩石侯爵家に生まれながら、堅い部分なんか一つもない八男。

 そんなルクリュスを、父は溺愛した。

 いや、父だけではない。兄達もこの小さくて愛らしい弟を可愛がった。


 筋骨隆々のゴツゴツした男どもが、小さな小さな末っ子を可愛がる姿から、いつしかルクリュスは「岩石侯爵家の小石ちゃん」と呼ばれるようになっていた。


 そして、そんな小石ちゃんに心を奪われたのは、父や兄達ばかりではなかった。

 軍人家系に生まれて、他の家の令嬢がお人形やお花に夢中な時に、同じ年齢のテオジェンナは足腰を鍛え剣を振るう練習をしてきた。

 厳格な家風は家の中の空気をも常にきりりと引き締め、質素倹約を旨とする生活は無駄なく整えられていた。

 骨の髄まで軍人気質の父は、テオジェンナのことも兄と同様に育て、剣を持たせ、甘えを許さなかった。

 令嬢としてではなく、騎士として育てられた。

 可愛いものなど、周りにはなかった。


 そんなテオジェンナの心は、一目見た瞬間から「小石ちゃん」に撃ち抜かれてしまったのである。



「はうううう~!! 一年ぶりに会った小石ちゃん! 相変わらず可愛い~!! 可愛すぎる~っ!! かわ、かわ、かわかわかわいい~っ!! はーんっ!!」


 学園の生徒会室にて、生徒会長たる王太子始め名だたる高位貴族の令息達は、いつもはストイックな侯爵令嬢が頭を抱えて床を転げ回るさまを声もなく見守った。


「要するに、幼馴染の男の子のことが好きすぎてこうなっているということか?」

「そのようにございます」


 王太子レイクリードの質問に、ユージェニーは目を伏せて頷いた。


「いや、人が変わりすぎでしょう」

「いつも無口で誰より冷静な方だと思っておりましたが……」

「こんな一面があるとは」


 生徒会の面々の視線をものともせず、テオジェンナは床に転がったまま呟いた。


「はああ~……私の可愛い小石ちゃん……」


 うっとりと頬を染めるその姿は、まさしく恋する乙女のものだった。


 床にへばりついてさえいなければ、だが。




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