ある日、消えたVtuberが実は俺のばあちゃんだった件について。

ななしのさん

第1章

第1話

 重い家具を動かすと、ふんわり甘い線香の匂いがする。今は焚いていないのだが、古い家屋の匂いを消すために毎日使っていたかもしれない。確かに祖母と会う時はいつも、この匂いだったような気がする。どこか懐かしさを感じながらも、俺こと白川太郎は大きなため息をつく。


「そこ、溜息つかない!!」


 すかさず、母親の百合子が般若の顔で注意してくる。


 推しのVtuberが動画を出さないまま3か月もたてば溜息くらいつきたくなるものだ。


 ネットでは、就職の関係とか、親バレ、病んで垢消し等の憶測が飛び交っている。

俺の知っているモモはそんな不誠実なVtuberではない。

 本当に引退するなら、リスナー全員のため告知するはず…そう信じてはや3か月。

やはり不安なものは不安である。


 今、俺は先月亡くなった祖母の遺品整理に手伝わされている。悲しくないのかと聞かれれば勿論、悲しい。

 しかし亡くなった祖母は最後まで明るく陽気な人だった。

葬式で祖母の残した手紙には、娘である百合子のやや恥ずかしいエピソードや先に亡くなった祖父への愚痴など好き勝手に綴られていた。


 スタッフの人が余りにも淡々と読み上げるもので、参加者全員が笑いを堪えるのに必死だった。


 あの状況は、年末のテレビ番組と一緒だった。思い出してもいまだに面白い。


 そんな祖母は最後まで用意周到で遺品整理も終わっており、細々とした物はほとんど何も残っていない。

アルバムも俺と両親が、写っているもの以外は処分したみたいだ。


 ただ家具だけは老人の力でどうにもならなかったのか、そのままだった。

祖母の家屋は古く、誰も住む人がいなかったため、三月末に取り壊されることが決まっている。

 なので俺は戦力として重たい家具だけを移動するために、こき使われている。


「そろそろ、休憩が欲しいです。お母さま」


 身体が悲鳴を上げてきたところで、お伺いをたてる。


「仕方ないわねぇ、じゃあ、おばあちゃんの部屋からさっき買った荷物を持ってきて」


「畏まりました。お母さま!!!」


 休憩という言葉に惹かれ元気を取り戻す。コンビニで買ったものの中には今日発売の新弾パックも入っているからだ。勿論、Vtuberカード。ランダムではあるが竜胆モモのカードも存在している。


 オタクとして買わないわけにはいかない。

 ここは穴場だった。また来る価値がある。


「ついでにおばあちゃんの部屋にパソコンがあるからもらってあげたら?パソコン欲しいって言っていたでしょ?」


 確かに、PCを欲しいといった。

 だけど老人が使っているような低スペックのPCなら不要も同然だ。母親から見ればノートパソコンもデスクトップも同じPCというカテゴリーなんだろう。


 期待せずにまだ手つかずの祖母の部屋を覗く。そこには全く似つかわしくない物があった。


 重厚感のあるパソコンにデュアルモニターが机に置かれている。更に椅子までもゲーミングチェアだった。


「corei7!?しかも国内の有名メーカーじゃん!!?」


 なんで祖母がこんなPCを持っているのか疑問を覚えたが、それよりも興奮が勝った。スペックを調べようとPCの電源を付けると、4桁の暗唱番号を入力する画面が表示された。


 ばあちゃんの誕生日?…外れか。


 じいちゃんの誕生日?これも外れ…?


 じゃあ、母さんのとか。…違うな。


 老人あるあるの生年月日で暗証番号で登録していると思ったが、どうやらどれも違う。


 困ったなと思いながらも、何か手がかりはないかと見回すとPCの裏側に「0617」と書かれたメモを見つけた。

 祖母の頭はしっかりとしていたが、晩年の老化には勝てなかったんだろう。


 番号を入力していくとデスクトップの画面が開かれる。

 たとえ、身内のPCであってもデータは覗かず、全て消去しようと考えていた。

 それが礼儀だと、その時まで思っていた。



 どうして祖母が高スペックのPCを所持していたのか。


 疑問が一気に晴れていくと同時に、キーボードを叩く手に一滴の汗が落ちたのを感じる。ゴクリと喉を鳴らして画面を覗き込む。


 そこには俺の推しである、竜胆モモが呆然ぼうぜんとした表情でこちらを見ていたのだ。


「嘘、だろ」

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