第16話 石女に効く薬毒6

「何だって?」

 と夫が言った。

 居間のテーブルを挟んだ向こう側に夫が座っていて、その両側には義母と義妹が座っている。結局の所、敵は三人だったのだ。

 義母も義妹も嬉しくてたまらないという風にニヤニヤしている。

「あなたと離婚するのは構わないわ。その後で二十三歳の若い娘さんと再婚するのも結構よ。でもその、今、妊娠している赤ん坊だけは堕ろしてください。そうしたら今すぐにでも離婚届けに半を押します。あとは二人の貯金だけいただけたら、相手の方には不倫の慰謝料は請求しません」

「し、しかし」

「まだ若いんだもの。すぐにまた赤ちゃんは出来るでしょう? 離婚の原因となった子供がこの世にいると思ったら、私、何するか分からないわよ?」

 と言うと夫は慌てたような顔をした。

「いいじゃない、お兄ちゃん、これでこの人と縁が切れるなら。でも貯金、全部は厚かましくない? 智恵子さん」

 ずるそうな顔で義妹が言った。

「そうよ、そもそも智恵子さんに子供が出来ないのが原因なのに、こちらが慰謝料を貰いたいくらいよ」

 と義母も鼻息荒くそう言った。

「私に子供が出来にくいからといって、不倫を正当化しないでください。どこの誰に聞いてもそちらの方が有責ですから。それに貯金と言っても、お義母さんと亜紀美さんにずいぶんと気前よく散財してたようですね。通帳を記帳に行って驚きましたわ。二人の貯金なのに」

「な、何よ!! 子供も産めないくせにけち臭い!」

 と義妹がヒステリックに叫んだ。

「もういいからさっさと届けに半を押しなさいよ」

 義母がテーブルの上の離婚届けをとんとんと叩いた。

「堕胎したのを確認してからです」

 と私が言うと、夫が、

「君がそんな事を言うなんて……あれだけ子供を欲しがっていた君が、浮気したのはもちろん僕が悪いけど、その子を堕ろせなんて」

 と震える声で言った。

「そうですね。私は鬼かもしれませんね。でも私を鬼にしたのはあなた方ですから」



 夫に浮気の謝罪と離婚の申し出を受けてから私は七日の猶予をもらった。

 自分一人とはいえ何かと荷物もあるし、引っ越し先も確保しなければならなかった。

 近所のスーパーのパートはすぐに辞めて、就職活動を開始した。 

 実家に戻るつもりはなく、これからは一人で生きて行かなければならないからだ。

 離婚が決まって義母と義妹は始終浮かれていたし、夫もやはり何かほっとした様子でもあった。子供が出来ない嫁というのはやはり重荷だったのだろう。

 浮気相手の子供は堕ろすと約束し、その約束は果たされた。

 口約束だけでは信用がならないので、堕胎する日に私は病院まで付き添った。

 浮気相手の娘は私を酷く睨んで恨みがましい事を言った。

「あなたが堕胎しないなら離婚はしません。あなたにも貴方のご両親にも今回の不倫の話をして慰謝料を頂きます。もちろん会社にも言います。夫の出張について行って遊んでたんでしょう? そんな証拠、すぐに集まりましたよ。不用意にSNSとやらに上げるから。あなたは有給でも、夫は就業時間内と見なされてクビになるかもしれないわね。ならなくても社内の信用はがた落ちでしょうね。しかもそれが不倫旅行だなんて」

 と言うと、悔しそうに唇を噛んで手術室に消えて行った。



 若い可愛い娘との新婚生活を夢見ている夫に私は七日間、最後だからと言って毎晩、料理を作り続けた。味噌汁に一包み、シチューに一包み、食後のコーヒーに一包み、朝のお茶に一包み、ハンバーグに一包み、大好きなごま団子に一包み、煮魚に一包み、それを全てきちんと食べ干す事を最後のお願いとした。

 夫は快くそれを承諾した。

 元々料理は好きで、夫の為に作る料理は好評だったからだ。

 美味い美味いと言ってはこんな事になって申し訳ないと僅かな謝罪をして見せて、僕だって苦しかったんだ、と自分の苦悩だけを全面に押し出す夫を見ても、私の怒りはその七日間で綺麗に消え去っていた。

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