第5話 小児性愛に効く薬毒5

 翌日、ハナが学校へ行くと、美優が椅子に座って思い詰めた顔で一点を睨んでいた。

「おはよ」

 とハナが声をかけるとびくっと身体を震わせて、ハナの方を見た。

「ハナちゃん……」

 夕べは眠れなかったのだろうと推測出来るほど顔色が悪い。

「あの、夕べ……」

「おばあちゃんから聞いたよ。薬毒もらったんでしょ? 妹に飲ませた?」

 美優は力なく首を振った。

「ううん」

「え、まだ飲ませてないの?」

「うん、何て言って飲ませたらいいのか……それに……薬毒って毒なんでしょ? 妹にもませて平気なの……かな」

「佐野さんが飲んだのも薬毒、でも死ななかったでしょ」

「うん、でも……」

「まあいいよ。好きなだけうじうじ悩みなよ。そうやってるうちに夢に見た未来に近づいてるのはあんた達姉妹なんだからさ、でもね、うちの薬毒は服用期限があるから」

「あ、おばあさんに二週間以内に飲むようにって……言われた」 

「そう、普通、病院でもらう薬だってあるよ。うちのは新鮮だから二週間以内に飲ませなきゃ、効用は消える。それから飲んだって遅いし、うちの薬毒に二包み目はないよ」

 ハナにそう言われても美優はその薬毒を何日か持ち歩いていた。

 すぐに妹に飲ませようという決心がつかなかったからだ。

 妹に理由を話してそれを理解出来るだろうか? 

 仮にも毒という名のモノを妹に飲ませて、この先どうなるのか考えただけで恐ろしい。

 もし妹が死んでしまったら?

 グズグズと思い悩み、期限の二週間まで残り少なくなった土曜日。

 図書室へ本の返却をしている間にいつもよりも帰る時間が遅くなった。

 慌てて学校を出て家に帰り着いた時にはすでに玄関には妹の靴があり、中から下卑た笑い声が複数人分、聞こえた。

 慌てて小さい台所を駆け抜け、ガラス戸を開く。

 三人の男が裸の小さな妹を組み敷いていた。

 一人はもちろん継父で後はその友人二人だ。

 ちょくちょく遊びに来るので顔は知っている。

「杏里!」

 妹は美優の声に顔を動かしてこちらを見たが、その顔には何の表情もなかった。

 もう泣いてすらいない。

「外に出てろ」

 と継父が美優に言った。

「なんでえ、たかっさん、お姉ちゃんの方も一緒に遊んだらいいのに」

 酔っているのか薬物でも飲んでいるのか、男の一人は呂律の回らない声だった。

「駄目だ、こいつは高く売る予定だからな。手ぇ出すな」

 継父は嫌な笑顔を美優に向けた。 

「あああああ!」

 と嗚咽が美優の喉から漏れた。

 すぐそばにある椅子を持ち上げて、継父の方へ投げた。

 自分で何をしているのかという意識もなく、ただ、美優はそこら辺にあるモノを継父達に放り投げた。それは妹にも当たったかもしれないが、妹を気遣う余裕などなかった。

 継父達は酷く怒り、妹から離れて美優の方へ掴みかかってきた。

 美優は腕や足を掴まれて、三人の男に顔や腹を酷く殴られた。

「杏里ー! 逃げて!! 逃げて!」

 と美優は叫び続けた。


「にゃーお」

 猫の声が聞こえたような気がして美優は我に返った。

 気がつけば体中が酷く痛く口の中も血が味だろうかしょっぱかった。

 頭ががんがん痛み、少し息をしても身体が痛い。

 ゆっくりと身体を起こす。

 制服は引きちぎられたが、美優の身体には何もされなかったようだ。

 激怒はしていたが、やはり美優を高く売り飛ばすというのが頭にあるからだろう。

 台所も壁も床もぐちゃぐちゃで、いろんな物が散乱していた。

 その向こうの部屋も散らばった本や洗濯物の山があり、そして杏里が体育座りでこちらを見ていた。

 美優は痛みを堪えて、思い切ってえいっと起き上がった。

「杏里……」

 と声をかけると妹の身体がびくっとなった。

 美優は妹の横に座ってから、

「ごめんね」

 と言った。

「今まで助けてあげられなくてごめんね。嫌な思いさせたね。ごめんね」

 妹の顔が杏里の方へ向いた。

 痩せこけて頬もカサカサ、手足に肉が少しもない。

 そして自衛の為に風呂に入らない杏里は臭い嫌な匂いがした。

「あのね、今更と思うかもだけどね。友達のおばあさんに言われたのね。未来はね自分達で変えていかなきゃならないって。あたし達二人でね。それでね、薬をもらったの。未来を変えていく薬。これを妹に飲ませなさいって。杏里、これ飲む?」

 妹は美優の言葉を理解しているのかどうか分からない。

 ぼーっとした顔で美優を見ている。

「飲めば杏里の未来が変わる……らしいんだけど」

「のむ」

 と杏里が言った。

 質問も躊躇もなかった。

 目にも何の感情もない。が、妹は美優を見て「のむ」と答えた。

「分かった」

 美優はコップに水をくんでから杏里に渡した。

 薬の包みを開いて三角に折る。

 粉の薬は少し灰色がかった色をしていた。

 杏里は水を口に含み、そして粉薬を一気に飲んだ。

 けほけほ、とむせたので追加で水を飲ませる。

 タオルで口元を拭いてやると杏里が、

「ありがとう、お姉ちゃん」

 と言った。

「ごめんね……ごめんね……今まで……」

 と美優が言うと、

「ううん、お姉ちゃんにも嫌われたと思ってたから……」

 と杏里が悲しそうに言った。

「ち、違う。違うよ。嫌ってなんかない! お姉ちゃんこそ杏里を助けてあげられなくて、頼りなくてごめんね」 

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