第2話 小児性愛に効く薬毒2

「おはよう」

 と机に鞄を置いたハナが隣席の少女に声をかけた。

「お、はよう」

 振り返って微笑んだのはハナがこの中学校へ転校してきて初めて出来た友人。

 佐野美優、十四歳。

 肌もつるつるで唇もぷるんぷるん、髪の毛のさらさらのはずの十四歳だが、美優は違っていた。右目は腫れ上がり、頬はひっかき傷でザラザラ、髪の毛もはさみで乱雑に切られたようにザンバラ頭だった。

「またやられたの? ママチチってやつに?」

「え、うん。まあ」

「働きもせずにたいてい酔っ払って寝てるんでしょ? 寝てる間に殺しちゃえば?」

 ハナの意見はハナには最上級の提案だと思ったのだが、美優は目を大きく見開いてから怖々と首を振った。

「そんな恐ろしい事できないよ……それにお父さんがいなくなるとお母さんが悲しむよ」

「そうかな? 娘を生け贄にしてまで生活を守りたいなんて母親のエゴじゃん。クズじゃん。カスじゃん」

「お母さんを悪く言わないで……」

「ふーん」

「あ、ご、ごめんなさい……」

 ハナの機嫌を損ねたかと美優は小さい声で謝った。

 あちらこちらの機嫌を気にして、小さく小さくなって暮らしているのだろう。

「佐野さんはそうやって人の顔色伺ってればいいかもだけど、妹いるんだよね? 大丈夫なの? 佐野さんのママチチってさロリコンでしょ?」

 美優は真っ青な顔色になって、ハナを見上げた。

「ど、どうして……知ってるの?」

「どうしてかって、そんな事はどーでもいいの。佐野さんが殴られ蹴られてそれを我慢するのは佐野さんの自由だけど、妹は? 佐野さんに助けてって言わないの?」

 美優ははっとしたような顔になった。

 お姉ちゃん、お姉ちゃん、と呼ぶ小さな声を聞こえないふりをするのは美優も辛かった。 だけど何も出来ない自分がいる。

「でも、何も出来ないし……」

「だよねー。妹を庇ってさ、今度は自分に矛先を向けられたら嫌だもんね-」

 とハナが言った。

 美優は酷く青ざめた顔になり、

「ど、ういう意味?」

 と聞いた。

「なーんも、そのままの意味だよ。小学生限定のロリコンでまだよかったじゃん? 中学生まで年齢を上げられたら、佐野さんもママチチの餌食だもんね。でもさ、自分の楽しみの為に妹は手放さないけど、佐野さんの事は売る算段くらいしてんじゃないかな? 昔っから可愛くて若くて初物は高く売れるんだよ?」

「嫌……嫌だ……」

「あのさ、このまま何年かしたらあんた達姉妹がどうなるか知りたくない?」

 とハナが言った。

「え?」

 ハナは薬の包みを一包手の平に乗せて美優に見せた。

「これ、夢見の薬毒」

「ど、毒?」

「そう、薬毒。佐野さんと妹の未来を見せてくれる毒」

「毒……って死んじゃうの?」

 ハナはあはははと笑った。

「どうかなぁ? 佐野さんと妹のこの先がどうなるか、知りたかったら寝る前に白湯で飲んでみればいいよ」


 美優が家に戻ると玄関には大きな靴がたくさん並んでいた。

 また継父の仲間が来て酒を飲んだりして騒いでいるのだろう。

 今日は土曜日で学校は半日だった。

 継父とその仲間は昼間から酒を飲んで騒いでいるのだ。

 せめてどこかよそへ行けばいいのに。

 二部屋しかない小さいアパートの部屋を占領して騒ぐ継父達の事が美優は大嫌いだ。

 玄関の戸を開けただけでそれが確認出来たので、美優はすぐに戸を閉めた。

 もうすぐ小学校から戻る妹を捕まえて、母親がパートから戻るまでどこかで隠れていよう。継父が妹に変な事をしているのは知っていた。

 最初は足をさすったり、お尻を撫でたり、頬を舐めたり。

 可愛くてしょうがないんだ、というような事を言っていた。

 妹も最初はきゃっきゃと喜んでいた。

 妹は本当の父親の顔は知らない。美優も覚えているのは母親と喧嘩ばかりしている恐ろしい怒鳴り声だけだ。

 妹は本当の父親を知らないので、男親に憧れていた。

 参観日や親子遠足に両親揃って来てくれる友達をうらやましそうに見ていた。

 だから二度目の父親を喜んだ。

 美優にはなくても妹にはケーキや人形を土産に買ってきたり、妹だけをデパートに連れて行ったりもした。妹が嬉しそうなので美優もそれでよかった。

 機嫌のいい継父を見て母親も喜んだからだ。

 美優は同級生に言われた言葉を思い返した。

 あの同級生の言うことは本当だ。

 あの継父は自分の快楽の為に小学生の妹を蹂躙する。

 妹も最初は何をされているのか分からなかっただろう。

 だが今は自分の身体の痛みと、その上に覆い被さる下卑た継父の顔を見てその運命を悟った。この継父は友達のお父さんとは違う。

 母親に訴えても無視され、姉に相談しても聞こえないふりをする。 

 そして妹は絶望した。



「杏里……」

「お姉ちゃん」

 小学校の帰り道で妹を待ち伏せる。

 妹は素直に美優の後をついて歩いてくるが、ほとんどしゃべらない。

 継父が来るまでは仲の良い姉妹だった。テレビのアイドルや音楽の事や好きなクラスメイトの事も話したりした。

 だが今では妹はほとんどしゃべらない。頼りにならない姉に絶望しているのだろう。

 笑顔も見せない。それどころかほとんど食べない。母親に言われるまでお風呂にも入らない。服も着替えない。それが原因で学校でいじめられているらしい。

 それでも妹なりに考えたのだろう。病んで不細工に、汚くなれば継父は自分を可愛がらないかもしれない。学校の友達のように、嫌ってくれればいいのに。

 

 深夜、いつものように継父が隣の布団へ忍び込むのを美優は背中を向けて耐えていた。知らん振りをしたいわけではない。出来るなら助けてやりたいのが本心だ。

 妹はもう泣き声も上げない。

 がさがさと濡れティッシュを取り出す音がするのは、風呂に入っていない妹の身体を継父が拭くためだ。 

 美優は布団の端をぎゅっと掴んで布団を被った。


 いつもはなかなか眠れもしないのだが飲んだ薬のせいか、今夜はすぐに眠気が襲ってきた。

 身体がだるく重くなり、どこかへ沈み込んでいくような感覚に陥った。

 深く深く暗闇の底の方へ。 


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