第17話
「―ーで、何をしているのだ? ユリシエル」
いつも通りの時間で現れたゼイデン陛下に、不思議そうに首を傾げられてしまった。
なにって、見ればわかるでしょ?
「魔光虫のサナギを観察しておりました」
「ああ、それは見て分かるが、なぜサナギを見ているのかという話をしているんだが」
「実は、先日改めて魔法士たちに魔光虫のことを聞きに行ったのです」
「うむ、それで」
いつものように庭へ出て、魔光虫たちに餌をやり、エリエスが用意してくれた朝食をいただきつつ、サナギの観察をしていた理由について話を始めた。
ゼイデン陛下やモーリス様も魔光虫のことをとても聞きたがっていたし、そもそも魔光虫がここに居るせいでゼイデン陛下が私の部屋に入り浸る結果につながってしまっている。まあ、それは仕方ないと諦めてはいるが、ふと、そう言えばなぜ虹光虫がこの庭に増えているのかということが疑問に思ったのだ。
「魔法士たちの話では、私のところに持ってきてくれた魔光虫はみんな普通の魔光虫だった。ということを確認したのです」
「ほう」
「ですが、ご覧の通り。この庭には半数ほど虹光虫がいます」
「そうだな」
「そこで考えたのですが、虹光虫と魔光虫の違いはほぼないのではないかと思ったのです」
「ん? そもそも光り方が違うだろ?」
まあそうなんだけども。
そもそもの話、蛾と蝶の違いもほぼないという話を聞いたことがある。違いといえば、触覚くらいなものだとかなんとか、まあ、私的には蛾って蝶々よりも、こう毛がモサモサしているイメージなんですけどね。
「確かに光り方は違うんですけど。つまり形です。魔光虫も虹光虫も羽の柄が違うのは個体差なので当たり前としても、観察して分かったのはそれ以外の形の差はないみたいなんです」
どちらであっても長い触覚が2本、脚が6本、フサフサの毛におおわれた胸部と長い腹部、そしてふんわりと光る2対の羽。それこそ光らなければ、どちらが魔光虫でどちらが虹光虫だか分からないだろうと思う。
「つまり、光の差異は多分餌にあるんだと思うんです」
「なるほどな。それでサナギの観察につながるわけか」
「はい。試しに、魔素の量を変えた餌と、砂糖水を与えないもの、それに魔花の種類を限定したものとを育てて見ています。それに、幼虫の状態から何か違いがあるかもしれないので、それも含めて色々と」
暇なのかと聞かれれば暇だけど、虹光虫を人工的に増やせるのなら、材料に困らないかもしれないと思ったから、というのがこの実験の発端だ。
ぶっちゃけ、暇な時間ができるのはちょっと、なんか要らないことを考えてしまいそうでいやだったから、何かこう、みんなの役に立てることが出来たらいいなと思って始めたのだけど。
最近、どうにも私はゼイデン陛下に心がかき乱されて仕方ない。いや、初めからか。だから、どうにか平常心でいたいし、もう、思い出したくないのだ。何かに集中してれば余計なことを考えないですむかなーと。
「熱心なことだな。年頃の娘ならもっと色恋に興味が行くかと思っていたが」
ゼイデン陛下はそう言うと、どことなく呆れたような顔で薄っすらと笑っているように見えた。言ってくれるじゃないか。色恋に興味がないわけじゃないんだよっ。お前の存在が一々癇に障るだけでっ!
「なんです? 私が乙女じゃないみたいな言い方をなさいますね。これでも人並には心ときめくことだってあります」
私がちょっとだけむっとした気持ちで言い返せば、ゼイデン陛下はおかしそうにクツクツと笑って。
「ほう? ユリシエルのような乙女が、いったいどんなことにときめくのか気になるな」
なんて、意味ありげに怪しくにやりと口角を上げた。
「ど、どんなことって……」
急に話を振られたせいで、とっさに思いつかないっ。
食べ物の話をしたら、絶対に笑われるに決まってる。リンゴ大好き。そうじゃなくて、えぇ~心がときめくぅ。
「かわいい、ものとか?」
「ククッ……随分と幅が広いな」
うぅ~楽しそうに笑うなっ。
「子犬とか子猫とか可愛いですよっ」
「うむ、確かに。とは言え、やはり小さい生き物が好きなのだな」
「生き物は全部好きです。あっ! ドラゴンの赤ちゃんはすごくかわいかったです!」
大きな金色の目がキュートでヨチヨチ歩きがたまらなかったのだっ! 思い出してもキュンキュンするわぁ。あれが将来、あんなにデカく怖い顔になるとは……いや、まあ成体のドラゴンはカッコいいけども。
「そもそも子供とはそういうふうにできているからな」
そりゃそうなんだけどさぁ。あと思いつく可愛いものって……。
「えーっと、ぬいぐるみとか?」
「なぜ疑問形なんだ?」
いや、可愛いとは思うんだけど、部屋にあったら邪魔かなって。小さいものが2、3個ある分には問題ないんだけどさ。大きいのがいくつも部屋を占領してしまうと、私の部屋だかぬいぐるみの部屋だかわからなくなっちゃうじゃん。
そう言えば、別に今は可愛いものの話しじゃなくて、ときめくものの話だったっけ?
「最近読んだ本とか、ときめきましたよ。王道なラブストーリーですけど、ヒーローがとても素敵でした」
「ほう? どんな話だったのだ?」
「すれ違う2人が紆余曲折あって互いの愛を確かめ合い結婚するみたいな話です」
「説明がざっくりだな。ラブストーリーは基本的にラストが2通りしかないだろうからな。ハッピーエンドでよかったということか」
なんて、ゼイデン陛下はちょっと苦笑いを見せる。
ハッピーエンドでよかったとも思うけど、さっきも言った通り、ヒーローがカッコよかったのだ。
「私バットエンドは好きじゃないですから、あまり読んだりしませんけど。でも、やはりヒーローがカッコよく描かれていると、ときめきますね」
わりと現実は違うもんねぇ。
「ヒーローか。颯爽と現れ、姫のピンチを救い、二人は恋に落ちハッピーエンド。というのが、基本的な王道という話か」
「そうですね。でも王道は素晴らしいです。私が読んだ本のヒーローも素敵な人でしたよ。とても優しく、正義感の溢れる方で、町の警備隊をしていらっしゃる設定だったのですが、人々を助けるためにいつも怪我の絶えないヒーローを心配するヒロインに共感できましたし、ですが、誰にでも優しいという所がヒロインとの距離を作ってしまうのです」
「ふむ。『誰にでも優しい』は確かに、八方美人と言われてしまう一面にもなりかねんな」
「そうなんですよね。女性というのは我がままですので、自分だけが愛する人の特別でありたいと思うのです。みんなに優しいヒーローだったから好きになったくせに、他の女性にも優しくて嫉妬してしまうなんて、それはちょっと意地悪な気もしますが、気持ちは分かります」
というか、分かりまくりだ。
誰にでも優しいことが悪いんじゃない。私とその他大勢が一緒くたなのが気に入らないのだ。私はあなたの『恋人』になったはずでしょ? それなのに、扱いが他のみんなと同じって、そりゃ文句だって出るに決まってるじゃない。
確かに、私だけが許されてたこともあったけどさぁ。
彼の家の合鍵を持っていたのは私だけだったし、そもそも彼の家の場所を知ってたのは私だけだったってことにちょっと驚いたこともあった。友達は少なくなかったアイツが、まさか男の友達すら自分の家に入れたことがないってのはわりと衝撃的だった。まあ、男友達は極端に少なかったかもしれないが――。
あーーーまた考えてる。
「嫉妬なら男だってするだろう? そう言う意味では女と何も変わらんな。ただ、嫉妬の表現が男女では違うかもしれん。だが難しいところだな。一言に『特別』といっても、いったいどういう扱いをすれば相手の望む結果になるかなど、こっちにはさっぱり分からん」
それはこっちも同じだわ。
だけど、そうか。確かにあなたの『特別』であるという扱いって、どうすればいいんだろう。
「愛の言葉をささやくとか、ですか?」
「そうだな。行動にしろ、言葉にしろ、自分の思いを伝える方法はいくらでもあるのだろうが、そこに信頼がなければ全部が無意味になる。だからこそ、不安に駆られ、不信につながるんじゃないのか? そもそも、そこから話は進むわけだ」
「まったくもってその通りです。物語だから他人事として楽しく読んでいられますが、自分自身の置かれた状況になったらと考えると、頭が痛くなりそうですね」
「そうだな」
ゼイデン陛下は一つ頷いて紅茶のカップに口を付けた。
そんな具合にどうでもいいような他愛ない会話をしていれば、あっという間に朝食も終わり、特別何かあるわけもなく、ゼイデン陛下は私の部屋から出ていった。
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