第9話

 落ち込んでばかりはいられない、今日も晴天の城の中庭では、緩く華やかなお茶会が開かれている。



 盛大なと言うよりは多少の顔見知りが集まっているお茶会の会場は、兄姉や母様以外にも、大臣たちやその家族、それにラベス帝国からの賓客もちょこちょこといらっしゃっている。



 昨日エリエスが言っていた通り、私は薄紫のレースをあしらった白いドレスを着せられて、猫足の大きな白いテーブルに並んでいるお菓子をつまむ。



 中庭に作られた会場には白いテーブルが10個ほど並べられ、休憩用の椅子が木の陰になっているあたりに並べられている。堅苦しい格式ばったものではなく、立食パーティー形式である。



 大好きなバタークッキーをサクサクかじりつつ、ラベス帝国の大物の顔を何となしに覚えながら、兄さまや姉さまの後ろについて回って軽くあいさつし、一通り挨拶も終われば。



(ぽつんと一人。いつものことだけど)



 良縁がありますようにと、家族は懸命に私をあちこちに引っ張っていってくれるが、12番目のお姫様にはあまり興味を持ってもらえない模様。まあ、見た目もパッとしないから仕方ないんだろうけど。私もこういう扱いにはすっかり慣れっこだったりする。



(それにしても、うちのシェフは相変わらず私が好きなお菓子をこれでもかと用意するよなぁ。そしておいしい)



 所狭しとテーブルに並べられているお菓子はそのほとんどが私の好みのものばかりで、残りのスペースにお客様のお国で食べられているものなどが並んでいる。



 いつのころからか、気が付けばなぜかお茶会には私の大好きなお菓子ばかりが並ぶようになっていた。誰が言い出したとかは知らないが、家族もしれっとお茶会のお菓子はそのままで口を出したことが一度もない。



 甘いものが苦手なジン兄さまさえ何も言わないんだから、つまりそう言うことなのだろう。



 いつも一人でお菓子を食べてることが多い私へ、せめてこういう楽しみくらいはという意味でやってくれているのかもしれない。



(なんか、愛されてるよね。私)



 小さいことかもしれないが、それが私にはとても幸せに感じるのだ。



 クッキーをサクサク食べて、クリームが最高なシュークリームを頬張り、濃厚なチョコレートがたっぷり練りこまれたケーキを無言でもぐもぐと咀嚼する。



 お腹いっぱいになるまで食べたら、私はさっさとお茶会から退場させてもらう。と言うのがいつものことだ。どうせここに居たってお菓子を食べる以外やることがない。が、私がすぐに部屋に帰ってしまうせいなのかーー。



(毎回お菓子の数はあるけど一つ一つが小さいんだよね)



 普通の大きさのケーキなら、1つか2つ食べればお腹いっぱいになってしまうが、これだけ小さければ何個でも食べれてしまう。



(いろんなものをたくさん食べられるからいいんだけど)



 と、次のお菓子に手を伸ばそうとした私に。



「ああ、ここに居たのかユリシエル姫」



 と、聞きたくない声が聞こえて、仕方なくこっそりと息を吐きつつお菓子を取ろうとした手を引っ込めて振り返った。



 そこに居たのは、まあ、案の定ゼイデン陛下でした。



 濃い青を基調とした上着がよくお似合いで。



「探したぞ」



 なんて笑顔でいうゼイデン陛下に、探すなよと突っ込みたい気持ちをぐっと抑え。



「何か御用ですか?」



 と笑顔で返しておく。めんどくせぇ。



「姫は人の中に埋もれると見えなくなるな」



「まあ、つまり嫌味を言いにわざわざ私を探していらしたのですね」



 本当、帰れ。



「ははっ。いや違う」



「じゃあなんですか?」



 礼儀をどこに置いてきたかって? たぶん部屋のタンスの奥にしまってあると思うよ。うん。



 ゼイデン陛下はおかしそうにくすくすと笑いながら、自分の後ろに控えていた男性に目配せすると、その男性は持っていた銀のトレイを私の前まで持ってくる。トレイには丸い銀のふたが乗っていて、何かしら入っているのは間違いないだろうが、ふたを開けてくれなければ中身を確認しようがない。



 私は首をかしげつつゼイデン陛下を見上げる。すると――。



「姫は『レッドパインビーンズ』と言うのをご存知か?」



 と聞かれ、私は必死に頭の引き出しをひっかきまわしてみるが、悔しいが首を横に振るしかなかった。



「存じ上げません」



「知らなくても仕方ないな。レッドパインビーンズは、海の向こうの『レッドランド』と言う、暑い国でしか栽培のできない黒い豆なのだ」



「はあ、あの、それが一体?」



「うむ。実はとある伝手でその豆を丁度手に入れてな。向こうの国ではその豆を菓子に加工すると聞き、いろいろと私も作らせてみた」



「お菓子?」



 豆を使ったお菓子と言えば、もしやと期待を膨らませる私に、ゼイデン陛下は銀のトレイにかぶさっているふたを開けた。



 そこには透明な皮に覆われた黒い餡の詰まっている涼し気なお菓子が乗っていて。いわゆる。



「水まんじゅうっ!」



 そう形容してもいいものがあり、あまりの嬉しさに叫んだあとで、はたっと口を押さえても後の祭りである。



「――ああ、よく知ってたな」



 そう言って意味ありげに口元に笑みを浮かべるゼイデン陛下が、すっと両目を細めた。



 その顔怖いよっ! ってか、あー早速ごまかしがきかないっ!! この世界には『まんじゅう』どころか、『餡子』だってないのにっ!! と、頭を抱えたくなったが。



(んん?)



 そこでふと気が付いた。



(よく知っていた? って言ったよね)



「まさか、ゼイデン陛下――」



(私と同じ――)



「見た目がまるで水袋のように見えるだろう? だから私も『水』にちなんだ名前にしようと思っていたんだ。姫は私と感性が近いのかもしれないな」



 といって、ゼイデン陛下は先ほどの怪しい笑みなどなかったかのようにおかしそうに笑って見せた。ちなみに、水袋と言うのは、魔法を使って水をまとめた状態のことを指している。水を運ぶときなどによく見る光景だ。



 そういわれれば、確かに水にちなんだ名前を考えることに違和感はないが、さすがに『まんじゅう』はちょっとなぁ。



「どのような名前にするかは追々考えるとしてもだ。一先ず食してみろ。冷たくしてあるからうまいぞ」



 ゼイデン陛下はそう言うと、10個ほどあるまんじゅうの一つを手でつかみ自分の口の中に入れる。



「じゃあ、いただきます……」



 ぷにぷにした肌触りのもっちりとした皮をつまんで口の中に入れる。ひんやりとよく冷えたお菓子は、優しい甘さで溶けて、まさに上品な餡があの小豆の風味を口の中に広げる。



(まさに水まんじゅうです)



 まさか、ここにきて餡子が、和菓子が食べられる日が来ようとは。



 小豆に近い豆をいくら探しても見つからないはずだ。まさか海の向こうにあったとは思いもしなかったわ。



 懐かしさで心が満たされる感じがした。初めて食べたのにとても懐かしい味だ。



「うまいか?」



 ゼイデン陛下はそう言うと、少しだけ不安そうな顔で私の顔をのぞき込んできた。



 そういう所もそっくりだな。本当に……。



「はいっ。これほど上品で優しい味のするお菓子を食べたのは初めてですっ。とてもおいしいです」



 甘いものが与えてくれる幸福感を隠すことなく笑みに変えて、私は素直にゼイデン陛下にお礼を言った。



 遥か昔、カイも同じことをしてくれたことがあった。有名な和菓子屋の出す夏季限定の水まんじゅうを、わざわざ何時間も並んで買ってきてくれたことがあるのだ。必死にねだったものではなかったし、買いに行くなら休みの日にでも一人で行こうと思っていたから、カイにはおいしそうだという話をちょっとした程度のことだったのに。



 食べたいって言ってたから、と言う理由でわざわざ買ってきてくれたのだ。そして、今のゼイデン陛下のように、私が美味しいと言うまで少し不安そうな顔で私を見ていた。あの時の水まんじゅうは、今まで食べた中で一番おいしかったと思う。たぶん、ね。



「そう、か。よかった」



 陛下は安心したように笑うと、ふと手を伸ばしてきて、なぜか戸惑いがちにひっこめた。



「ゼイデン陛下もお食べになればよろしいのに」



 私に遠慮せずどうぞ、どうぞ。



「ああ、そっちは姫にやったものだからな。残りはすべて姫が食べていい」



 ゼイデン陛下はそういうと、少しだけ乱暴に私の頭を撫でつけて、さっと背を向けると人ごみに紛れて行った。



「もう少し優しくなでろよなぁ」



 なんて小さく、誰にも聞こえないようにぼやきながら、少し乱れた髪を整えつつ、甘く優しい思い出と一緒に、私は水まんじゅうをもう一つ口に入れる。



 出来るなら、幸福な思い出は封印したい。



 だって、また馬鹿みたいに許してしまいそうになるから。



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