救国主義者

夜船

序章

序章 ハイラントの激戦

 寒い時代が続いている。


 十四歳の冬。大陸戦争のさなか。

 雪の降る森林の中で、轟音が響いた。


 天を覆いつくすほどの白い魔法陣が空に浮かび、光る槍のようなものが雨のように大量に堕ちてきた。魔族の血を引く人種が使う、神に力を借りた魔術だ。まとめて神術しんじゅつと呼ばれる。


「あんた……誰?」


 少年はハイラント地方の前線で、魔女に出会った。正確に魔女という生き物なのかはわからないが、彼がじかに感じ取った呼び名はそれだった。


 魔女は美しい少女の外見をしている。高く積もった雪に、燃えるような赤毛がより一層映えていた。


 ハイラントの土地は多く魔力を含んでいる。彼女の赤毛が光って見えるのも、きっと地に埋まった魔力を彼女が吸い上げて魔力が見えるようになっているからだろう。


「アレクサンダー。ムート帝国軍ベルトルト歩兵隊二等兵だ」


 魔女は宙に浮いたまま髪を揺らして、あっそ、と呟いた。


「なんで死んでないの?」


 魔女はアレクの周りをぐるりと見まわした。彼の周りには死体が群れを成し、地に伏している。つい先ほど、所属していた小隊の隊員全員が、彼女の広範囲の爆撃魔法で殺された。

 ハイラント地方の前線ではこうして歩兵が一気に死んでいく。のちにここでの戦いは、「ハイラントの激戦」と称される。


「……知らない」

「あ、その落ち着きよう……あんた隊員殺そうとして結界でも張ってた? ごめん、横取りしちゃって」


 魔女は甘い声で癪に障る喋り方をしている。まるで遊びで人を殺したような言い草だ。アレクは怒鳴りそうになる衝動を、何とか押さえ込んだ。


「スラム生まれで死体には慣れてる。俺はおまえの魔法で死ななかった、ということしかわからない」


 魔女は面倒くさそうに舌打ちをして、地に足を下ろした。


「……あたし、あんたのこと嫌い」


 そこで一気に加速して、一瞬でアレクの目の前までその顔を迫らせる。


「あんたの青い目が、嫌い」


 いま彼女が手を伸ばせば、もしかしたら絞殺こうさつされるかもしれない。しかし美しい魔女はそうとだけ言うと、ふ、と冬の風に吹かれて消えた。

 残されたのは、死体とともに呆然と立ち尽くす少年だけだった。

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