異世界に逝ってと言われたので無人島で生活をすることにしたら

トール

第1話


「…………おお」


 目を開けば遠浅の海と白い砂浜が見えた。驚きに声が漏れる。


 寄せては返す白波が足元をくぐり抜けていく。


 透明度の高い海と砂浜というのは、生まれてこの方見たことのない景色だった。


 しばらくボーッと景色を眺めていたが、これ以上の感動は訪れないようなので、持ち物の確認に移った。


 脇に抱えたデカい箱――――所謂宝箱と呼ばれる箱を砂浜に落とす。


 これが、これからのここの生活における生命線になるんだそうだが……ぶっちゃけ実感は湧かない。


 ちょっと重かったこともあり、扱いは雑め。


 着ている物も見る。


 てっきり学生服辺りと予想をつけていたのに、着ているのはバリバリの私服だった。しかも部屋着。


 ちょっと色がくすんできた黒いジャージの上下だ。


 このチョイスはどうなのか?


 リラックス出来る服装という配慮なのかもしれない。


 まあ、どうでもいいけど。


 ザクザクとスニーカーで足跡を刻みながら波の及ばない所まで足を運ぶ。後ろには割りかし綺麗な森が広がっている。


 人はいないそうだ。


 確認云々ではなく、そういう注文ってだけ。


 砂浜に腰を降ろして休憩を取る。


 疲れたのは体じゃなくて精神の方だろう。


「今日は色々あったな」


 ポツリ呟いて力を抜く。


 ゆっくりと吹く冷たい風と耳に心地良い潮騒が気持ちを解かしてくれる。


 濡れたスニーカーと靴下を脱いでズボンの裾を折る。適当に足を伸ばして水平線の向こう側を見つめた。


「別の世界ねぇ……」


 海外にも行ったことないのに急に別の世界だと言われても受け止め兼ねる。


 とりあえず海は青く、雲は白く、太陽も一つで、重力もある。


 人が暮らしていく分には問題なさそう。


 何か変な物でも見えないかと海を見つめ続けたが、特に目新しいものもなく、ただただ穏やかな波が寄せては返している。


 いいね、注文通り。


 ここには柵も無く、ルールも無く、煩わしさも無く、人も無く。


「すげぇ楽だな」


 前世の澱を吐き出すような長い溜め息を吐き出して、空を仰ぐ。


 これからは、明日の予定を考えたり、人間関係に悩んだり、財布の中身を気にしたりしなくていいそうだ。


 別にコミュ障というわけではない。


 友達はそこそこ、付かず離れずの人間関係を構築していたし、両親弟妹と仲が悪かったということもない。


 ただ『一人でもいいな』という想いが常にあったというだけだ。


 だから寂しいとは思わない。


 薄情とはまた違う。被害を被るのは自分だけなのだから。だからといって口に出したことはないが。


 一人で生きていける、という言葉には『社会に出て』という前提が付く。


 人間の社会から踏み出すという意味合いでは使われない。


 そりゃそうだ。


 着ている物から寝る所、食べる物まで誰かの力を借りているのだから。


 人と関わらないというには無理がある。


 全部自分でなんて、僕にそんなバイタリティは無い。


 それでも偶に、本当に極稀に、一人で生きていけたらな、と思うことがあった。


 輪の外で一人立つ、という感じではなく、コミュニティに属さないで自由に、の独り。


 今回は偶々、そんな気分だった。


 そんな気分の時に、こっちに来ることになった。


 驚いてはいるが、不安のようなものはない。


 あるのは解放されちゃったなぁ、という脱力感。


 もしかしたら物珍しいだけで直ぐに飽きて後悔するようになるのかもしれない。全然想像は出来ないけど。


 それでも今はそこそこの満足感がある。


 なら良しとしよう。


「まずは何からしようかな?」


 ボケッとしながら呟く。独り言が癖になるかも。しかし発声を忘れるよりはいい。


 無人島という選択をしたが、僕は別にアウトドア派ではない。


 しかもキャンプに憧れのようなものはなく知識もない。


 人がいない、という場所から直ぐに連想出来たのが無人島だったというだけだ。


 我ながら考えなしだと思う。


 しかし生活に困ることはない……ということになっている。


 真偽の判定は今からだ。


 砂浜に刺さった宝箱を見る。


 宝箱、と言われなきゃ分からないような木箱だ。宝箱と呼ばれれば宝箱、道具箱と呼ばれたら道具箱、のようなそれ。


 少なくともゴタゴタとした装飾が付いているわけじゃない。


 大きさは持ち運び出来るクーラーボックスぐらいの木箱。サイズは自由に変えられるそうだが今試してみる気はない。


 固有名称みたいなものもあったけど、ぶっちゃけ覚えていない。


 この、胡散臭くてボロっちい箱が今後の僕の人生を決めるというのだから笑う。


 まあ、なるようにしかならないよね。


 諦めに諦めを重ねて箱に手を乗せる。


 使い方は聞いているが、イマイチ信用ならないのは、神を自称するあの女のうっかりさ加減を知っているからだろう。


 大丈夫だろうか? これでコケたら割と詰む。


 まあ、それならそれで、運が無かったと諦めるとしよう。


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