朝まで過ごせるところであれば______
城西腐
第1話
組織の横の繋がりを強くしようと、所属グループ全体のミーティングが日常業務とは別に業務後の時間で開催された。参加している各プロジェクトから、それぞれのスキームや取り組みの概要を紹介する場が設けられ、我がプロジェクトからは僕がその役へと抜擢された。
数あるプロジェクト毎に割振られた枠は5分。スライド2枚程度で簡単に話してくれというので、1枚のスライドに自分らがいかにしてクライアントのビジネスの課題を日々改善に向けて勤しんでいるかを図式かして示し、その下に直近のホットトピックスを箇条書きにして、自分が語れることを手当たり次第盛り込んだ。我ながら直近の取り組みは紙面を飾ったり、ビジネス誌の表紙を飾るようなキーワードに関わる活動は続いたためインパクトはあった。司会者が同じプロジェクトの者であったこともあり、余計な気を使ってくれてトップバッターとしてその場に臨んだ。
難なく自分の持ち場を済ませ、他プロジェクトの紹介を聴いているとやはり皆喋りが上手く、自分が恥ずかしくなる。とは言え、通常の業務から切り出された場ということもあってか、皆準備もせず持ち合わせのスライドをページを飛ばしながら簡単で適当なトークを繰り広げるといった具合いだったが、少なからずこの場のために意図して時間を作って準備に励んだ僕に取っては、やはり備えや適度な緊張感という者は時にヒトを強くすると再認識する場ともなった。
ミーティングを終え、レセプション会場へ場所を移すと10年近く前に同じプロジェクトを共にした同僚や、当時の役職から大きくプロモーションを実現してとても偉くなった上司とテーブル囲み談話していた。
「コイツ会社の帰りに駅のホームとかでナンパするんですよ(笑)」
その上司がこう言いながら僕の肩をガシガシ掴んでは、周囲の初対面の人に僕を紹介するので「酷いな」と思いながらも、どうであれキャラが立って覚えて貰えればオッケーと、特に取り繕うこともせず昔話で盛り上がっていた。当時は僕も仕事そっちのけで、適当に仕事をしては洋服や車、飲み代にその金を注ぎ込むという自由な生活を謳歌していた。当時よりは少しは成長して、現実的な暮らしの生計を立てている現状を考えると、凄く懐かしい気持ちになると同時に時の流れを感じる。
終電まではまだ1時間あるということで、2軒目のバーへと移動して同じ方面に帰宅する同年代の顔馴染みと丸卓を囲んで飲んでいた。こんな日は同じ方面に帰る者がいるとタクシー代も割れるしちょうど良い。なんなら経費でも落とせそうだと終電を諦めようとしたところ、その彼が時計をチラホラと気にし始めた。
「ってか電車で帰ります?タクりません ?」
「いや、自分は今出れば終電間に合うのでそろそろ出ます」
彼がそうであれば当然僕も今出れば間に合うのだが、「これだけ飲んだ晩にそこを馬鹿正直に頑張っちゃうのか?」と熱苦しさを感じながら、とは言え遅い時間になりに連れて人の掃けてきているこの場に長居するよりは、一旦は外に出ようと駅に向かう数人の群れに加わった。同じ方面のその彼は微妙に沿線が違うということもあり、僕よりも十数分早い終電の時間を「自分は時間が…」と気にしながら、小走りに僕とも距離を開けて行ったので一緒に行動するのを止めた。
急いで終電に間に合ったとして、この時間なら各駅停車で道中の時間も掛かる事は容易に想像出来る。例え自腹であったとしても、タクシーで自宅まで帰宅してそのまま床につけた方が体が楽ではないか、普通にそう思えた。馬鹿正直な彼は今駅へ向かう途中に交差点で100円玉を拾ったとしても、電車に遅れながらもソレを交番に届けようか迷うのではないかと思った。「勝手にやってろ」と間に合うか分からないながらも、とりあえず僕も駅には向かった。
駅に近づくにつれて小走りの人が増えるのを横目に、歩きながら改札を抜けてホームへ上がると、終電となる各停の列車が調度出発し、ホームに足を踏み入れながら見送る恰好となった。殆ど諦めていた僕はキッパリと切り替えて、乗り損ねたことを駅員に告げ、改札を出て駅を後にした。
タクシーでの帰宅はこれで確定した。どうせなら駅周りを少し流してタクシーを拾おうか、そうして多少帰りの時間が遅くなろうとこの時間からはそれも誤差ではないか。終電の時間が頭の中でチラつき出した頃から、自分の中で動機付けさえ出来ればと、この状況を望んでもいた。そう思い立って駅の正面出口を西側へ向けて歩き出したところ、同じような歩幅で歩く白いパンツ姿の目鼻立ちのハッキリとした派手な顔の美人が僕の視界に入って来たので、ウォーミングアップには調度良いと、声を掛けられる距離へと進行方向を出来るだけ自然に逸らした。
白いタイトなスカートに白いシャツの清潔感漂うシンプルな出で立ちとはアンバランスに、梨花風に顔の1つひとつのパーツの大きな派手な面持ちで、出るところのハッキリ突き出たムッチリとしたカラダの彼女に近付いて声を掛けようとしたところ、言葉を発する前に目が合う。
急に距離を縮めたことに驚いた様子を見せながらも、返す表情から人慣れした感が窺える。これに僕も後押しされてか、サラリと流れる様に、条件反射的に計画性なく発するフレーズを自らの耳で捉ながら、自分で何を言っているのかを認識する。色々と順番がおかしい気がしたが続ける。
「すみません、ちょっと聞いて良いですか?脚止めるの悪いんでこのまま歩きながらで良いです!」
「はい、どうされました?」
思った通りに人慣れしたその女性は、誰とでもこのように安定したコミュニケーションを普段から取っているのだろう、瞬時にそう感じた。まるで互いに事前に示し合わせでもしていたかのように、合流する格好でそのまま道沿いを並んで歩き始める。
「飲み帰りですか?あちら方面に帰宅って感じですよね?」
「そうですけど?おにーさんは?」
「僕もあちら方面なんですけど、あちら側からタクシー拾おうってとこです。終電丁度今目の前で行っちゃったんですよ」
「あら大変(笑)」
「ね、可哀想でしょ?なのでおねーさん少しだけで良いので喋りながら一緒に歩いてください。適当にその辺まででも良いし、僕がタクるまででも良いです、ホントその辺まで(笑)」
「全然良いですよ。お仕事帰りですか?」
「まぁその後皆で飲んでた感じすかね。おねーさんもそんな感じかな?」
「友達と朝まで飲む気でいたんですけど、相手が彼から電話入って来てそちらに行っちゃいました。なので不本意ながら遅いし帰ろうかなって…(笑)」
「それもビックリだな…。ってかこのまま歩きながらとか軽いタッチで良いんで、良ければ一杯だけ一緒に飲みません?飲み足りないとかであれば」
「はい!お付き合いさせて下さい」
「ってか僕どうせタクシーなわけだし、よく考えたらどこからでも拾えるんですよね。おねーさん家方面ゆっくり歩きましょうか、夜道だし」
「わぁ、嬉しいです。安全に送って下さいね」
「大丈夫です、そろそろ着くって言ってもらえればその辺で捌けるから」
たらふく飲んだ後ではあったが、誘った手前「やっぱりソフトドリンクで…」みたいなことを言えなかった。コンビニで氷結ストロングのレモンの500ml缶を2本手に取りレジで精算を済ますと、入り口で待たせていたおねーさんに1本差し出す。
「適当に選んだけどこれイケる?」
「今からこんなに飲めるかな…。でも大丈夫です」
「飲めなければ僕が飲むから」
そんな会話を交わしながら、その場で乾杯して再び通りを歩き始めた。
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