時は祈り

晴れ時々雨

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汗が床に滴る。足の爪先を汗が伝う感覚を初めて味わう。放置され完全に温まり切った室内は陽炎がみえるようだった。盛大に暴れれば倒れることくらいはできそうだが、陽に焼けた床に体をつけたくはない。一脚の椅子に体を括り付けられた状態で、目の前に時計が置かれた部屋にいる。今日は朝から殊更暑かった。昼前には室温が常軌を逸すとみて、時計を睨み続けた。時刻は本当に一定の速度なのか疑わしくなる。今よりはまだ涼しかった午前中も、灼熱の今も、家主の帰宅時間までのあいだも、すべて同じ速さで過ぎていくのが信じられない。

さっきから耳の周りを飛び回っている蚊が、むき出しの二の腕に着地した。上手く汗をよけて私の腕に止まった蚊は2、3度足踏みしてくちばしを構えた。ぶつり。尋常でない熱気と膨張した静寂が充填された室内に、繊細な凶器を突き立てる音が鼓膜を揺らさずに響いた。まるで透明なスポイトさながら、虫の腹は吸い上げた赤で染まる。一瞬汗が引き、その直後ぶり返すようにして汗が噴きでる。熱い。こんなに水分を放出しているのに燃えだしそうだ。蚊は針を抜くと重くなった体を支えながら不安定に飛び立った。血で太った蚊が飛ぶところを目視したのは初めてだ。しかしここで満腹になったとして先にあるのは死だけで、その単純な仕組みに自分の藻掻いている状況を重ね、再び時計を凝視した。蚊は羨ましい。時間に縛られていない。いや、生まれた時から刻まれているからシンプルに生きられるのだ。蚊の腹におさまったあの血の一滴を舌に落として欲しいと夢想しつつ時計を見る。施錠されたドアを破って転がり込んできた誰かがこの事態を犯罪と勘違いしてしまう前に弁解をするという稚拙な想像をしながら時計を見つめる。

「違うんですこれは。プレイなんです!」

「祈り、ですか」

馬鹿らしい。私より闖入者の言葉のほうがよっぽど捻りが効いている。

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時は祈り 晴れ時々雨 @rio11ruiagent

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